第642話 今宵を過ごす一室で

「うーん……、これでよかったのか悪かったのか……」


 長椅子に腰掛け星みの方々の里で採られた薬草によるハーブティーを嗜みつつ、ミナトはそう呟く。


 ここは里の中央にある一際大きな茅葺屋根の建物。里の役場として利用されており、最初にミナトたちが案内された会議室のある建物だ。


 里を訪れたり迷い込んだ者の宿泊施設とリーダーであるマリアベルの住居も兼ねているとのことで、その一室に案内された。二つの長椅子とテーブル、大きなベッドが二つ。なかなかに大きな部屋である。


「私はよかったと思うわよ。もうこの里でミナトや私たちを軽んじる者は一人もいないわ」


 ミナトの隣でハーブティーを飲んでいるシャーロットがそう言ってくる。


「マスターのお力を皆さん理解して頂けたようですね〜」


 ミナトの対面、テーブルを挟んで反対側の長椅子で寛いだ様子を見せるナタリアもそう言ってきた。


「今回はあれで問題ないかと……」


 ナタリアの隣に座るオリヴィアも同調する。


 ふよふよ。


 青色スライムモードのピエールがテーブルの上で揺れていた。


 模擬戦はミナトの勝利で決着がついた。ミナトのあまりにも見事かつ圧倒的な魔法の行使は里に暮らす者達を圧倒したのである。


 まあ、ミナトもそうだったが、最後にシャーロットがその全身からミナトのものよりもさらに強力で、かつ非常に剣呑な雰囲気を感じる魔力を溢れさせつつ、


「これが私たちF級冒険者『竜を饗する者』のリーダーであるミナトの実力よ!分かってくれたかしら?」


 と威圧……、もといお話したことも大いに影響しているかもしれないが……。


 そんなこんなでこの建物まで移動してきたのだがどうやら今夜はこの部屋にみんなで泊まるらしい。ミナト、シャーロット、ナタリア、オリヴィア、ピエールの五人である。ベッドは二つしかないが幸いなのかどうなのか楽に三人は寝れそうな大きなものが設置されていた。ミナトがマリアベルに抗議をする間もなくシャーロットが『この部屋でいいわ』と即決して今に至っている。


 模擬戦をやってよかったのかどうかということと、今夜はどうしたものかということに頭を巡らせていると、ドアがノックされた。スッと立ち上がったオリヴィアがドアへと向かう。


 ドアを開けるとマリアベルと何やら運んでいる里の者がいた。部屋に入ってもらうと、


「ミナト殿、模擬戦では里の者達が失礼した。彼奴らも今後は心を入れ替えて修行に励むと言っておりますじゃ。そのお礼と言ってはなんですが里の氷菓を召し上がって頂きたく用意させましたのじゃ」


 マリアベルがそう言うともう一人がテーブルに皿を並べる。その皿の上にはミナトもよく知っているものが……、


「バニラアイス?」


 思わずそう口にするミナト。考えてみるとアイスやジェラートのようなものはこの世界に来てから味わっていないミナトである。バニラを思わせる小さな黒い粒も見える本格的なやつが目に前に現れた。


「ほう、その言葉を知っていなさるということはミナト殿はヒロシ殿と同じ異世界人ですかな?」


 マリアベル言葉に目を白黒させるミナト。異世界人であるということは言っていなかった……。


「ヒロシって……、三百年前にグランヴェスタ共和国の建国に携わったっていう……?」


「おお、ヒロシ殿をご存知でしたか!生前の彼は儂等と親交がありましてな。ヒロシ殿が欲する食材を儂等が探す代わりに生活に必要な品を頂いておったのです。今もその交誼は途絶えておらず、グランヴェスタ共和国の商人とは細々とながら交易をさせて頂いておりますのじゃ」


「そんな関係が……」


 意外なところで意外な人物の名前が挙がって驚くミナト。


 ヒロシは三百年前にグランヴェスタ共和国の初代評議員を務めた建国の偉人として今も彼の国では人気の人物である。そしてどうやらミナトと同じ時代の日本から来た転生者らしい。


 和食を作ろうとしたが当時の流通では食材が揃えられず、アメリカンフードを充実させたり、トニックウォーターを完成させたり、温泉街では木刀を販売することを義務化させなぜかペナントは販売しなかったり……、随分とこだわりの強い人物だったとミナトは推察していた。


「このバニラアイスは謝礼としてヒロシ殿から教わったものですじゃ。甘く冷たく、里では夏に人気の甘味として楽しまれておりますじゃ。そしてこれを……」


 そう言ってマリアベルは緑の液体が入った小瓶を皿の傍に置く。微かに甘い香りが漂ってくる。


「こちらをかけるとまた違った味を楽しめるのですじゃ。これもヒロシ殿が考案したものですじゃ。どうぞ召し上がってくだされ」


 ミナトはその小瓶から目が離せなかった。ミナトと同じ日本からの異世界人であるヒロシが作ったアイスクリームにかける緑の液体……。そしてこの香り……。


 ミナトには一つ心当たりがあった。

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