第625話 戦闘だったのかどうか……

「だから逃げろって……。素直に従うしか正解がないのに……」


 そう呟いたのはミナトである。


 戦闘は……、たったいま繰り広げられた一瞬の光景を戦闘と表現することが正しいのかという議論がありそうだが、そんな戦闘はあっという間に終わってしまっていた。


 ミナトの記憶が確かならば飛び出していったナタリアは一度しか鉄塊……、もとい大きすぎる大剣を振っていないし、同じく飛び出したオリヴィアもその自慢の爪を持つ腕を一振りしか振っていない。そのたった二つの攻撃でミナトたちを包囲した連中は全滅したらしい。


 全滅したという表現を使ったのはミナトの周囲にいたはずである十数人の気配が一瞬にしてほぼ同時に消し飛んだからである。


 気配だけではない。先ほどまでここに十数人がいたという全ての痕跡が消失していた。ミナトは索敵能力には自信がある。その索敵能力にもなんの気配も感じない。血一滴、肉片の一欠片、衣服の繊維一本すら残っていなかった。


「どうデシタ〜?」


「さすがピエールちゃんね。ナタリアとオリヴィアの一撃でバラバラに吹っ飛んだ連中の存在そのものを溶かして消し去ったってところかしら?」


 ピエールがシャーロットの肩の上でふよふよと揺れており、そんなピエールにシャーロットが感心したようにそう声をかけている光景が展開されている。


 どうやらピエールが全てを消し去ったらしい。


「これでよかったってところかな?」


 全部消し去るよう指示したシャーロットの思惑を察してミナトは、


「捕まえたところで本当の依頼人までは辿れなかったと思う?」


 そうシャーロットに声をかける。


「もし頭のまともな依頼主であればそうしてあると思うわ。それに依頼人は貴族か何かの可能性もあるんでしょ?私たちとあの連中が接触した事実が少しでも残ったら、後になって難癖をつける口実にされるかもしれない。私たちはここで野営を楽しんだ。何も見ていないし、誰にも会っていない。そういうことでいいんじゃない?」


 シャーロットの考えはミナトのそれと一致する。


 今回の依頼でミナトたちを妨害する可能性がある連中とは『星みの方々に何か不名誉な汚名を着せルガリア王国との関係を弱めること』、『第一王女のマリアンヌに何かをすることでルガリア王家の権威を落とすこと』を狙っていると思われる。


『未熟なF級冒険者パーティへ依頼を出したことも問題だが、今回その冒険者パーティが他の冒険者とトラブルになった。そのような問題のあるパーティに王家の重要な依頼を任せるなどどのようなおつもりか?』そんな小さな戯言も王家の弱みとして使いたい連中はいるのだろう。


 今のルガリア王家の体制はその程度で揺らぐものではないと思われるが、日頃からお世話になっている王家や公爵家のため一切の憂いを残さないように立ち回ろうと思うミナトである。


 そんなミナトは改めて周囲を確認する。


「こういう時って監視役がいないのかな?実行犯にも知らせずに成功か失敗かを見極める役がいたりするものだけど……」


 お金をもらって人殺しを請け負う人々を描いた時代小説にはそういった役どころがあったことを懐かしく思い出すミナト。すると索敵範囲の端に何やら反応があった。


「あ、誰か近づいてくる?」


 こちらへとやってくる反応を捉えたのだ。


「動きが斥候っぽいわ。監視役じゃないかしら?」


 シャーロットも近づいてくる存在に気づいたようだ。エルフ特有の耳をぴこぴこと動かしている姿は圧倒的に可愛いが今は黙っておくミナトである。


「このタイミングで?遅すぎない?」


「たぶんあの連中、私たちを侮ったんだと思うわ。本当は深夜寝静まるのを待って襲撃するはずだったんじゃない?」


「おれが達があまりにも弱そうで装備も貧弱に見えたから……」


 確かにミナトたちの装備は軽装に見える。だがピエールの外套マントが軽装などとは甚だしい誤解だし、シャーロット、ナタリア、オリヴィアを丸腰だと考えるのは愚かすぎる決断だ。


「他に監視の目がないかだけ注意しましょう。作り物デコイ使いなら問答無用で消していいわ!作り物デコイの魔法が禁忌であることは冒険者ギルドにも王家にも公爵家にも伝えてあるし通達も出ているし……」


 シャーロットが獰猛な笑みと共にそう言う。


わたくしにお任せ下さい〜。一瞬で細切れにして差し上げます〜」


「私の爪撃で粉微塵にすることも可能です」


「証拠はワタシが処理しマス〜」


 シャーロットに続いてナタリア、オリヴィア、ピエールまでが好戦的な笑みを浮かべる。


「い、いちおうまだ連中の仲間と決まっていないからいきなり消滅とかはさせないでね……?」


 とりあえずそれだけは伝えておこうとするミナトであった。

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