第626話 禁忌の魔法を使った末路

 ミナトを始めとしてシャーロット、ナタリア、オリヴィア、ピエールといった面々の索敵能力は極めて高い。そんな彼らにはこちらを警戒しながら慎重に近づいてくる気配が手に取るように分かる。


「ピエール、お願いできる?」


 ミナトがそう尋ねるだけで外套マントになっているピエールは全てを悟ったかのように、


作り物デコイかヲ見極めてキマス〜』


 そんな念話による回答と共に外套マントの一部がふよんと揺れる。すると裾の端からゴルフボールサイズの分裂体ピエールが生み出された。ちなみにこちらは水色モードである。


 ピエールが生み出せる分裂体は二種類あって一つはピエールが遠隔操作で操る分裂体。もう一つは独自に行動可能なピエールを生み出すスキルである。


 今回は遠隔操作できる分裂体のようだ。


『行ってきマス〜』


 遠隔操作のはずであるピエールがそう念話で宣言しするすると草むらに消えてゆく。それをなんとも言えない表情で見つめるミナト。


「あの水色のスライムが厄災とまで呼ばれるエンシェントスライムの分裂体で攻撃力と防御力はは本体とそう変わらない……。無知って怖いよね」


 ほんの少しだけではあるが近づいてくる監視役に同情してしまうミナト。そんなミナトの傍ではシャーロットたちが食後酒どうするかを話し合っている。


 一方、監視役は主人から与えられた命令のために行動していた。この監視役は作り物デコイの魔法が使える。この世界において魔法が使えることは貴重な才能だ。そして作り物デコイの魔法を使える者は決して多くない。


 作り物デコイの魔法がルガリア王国において禁忌、つまり使った者は死罪とされることは男も彼の主人も当然知っている。


 だがこの魔法の有用性は禁忌であることなど気にも留めない権力者にとっては捨てることなどできない貴重な存在であった。彼の本体は今も主人たちが王都で過ごす際の屋敷に用意されたベッドの上で横になっている。


 これまでも様々な役目を仰せつかってきたが今回は雇った冒険者どもの監視を命じられた。冒険者どもにも存在を明かさず隠れて冒険者どもの仕事を見届けるのが役目である。


 作り物デコイであればどんなトラブルに巻き込まれても情報を持っての帰還は容易なのだ。


 主人が冒険者共に与えた任務は、F級冒険者パーティを襲撃し冒険者ギルドが貸し与えた地図を奪え、というもの。主人からの指示では街道を外れたところを夜を待って襲撃する手筈となっていたのだが……。


 ほんの一瞬、目を離した隙に冒険者どもの姿を見失ってしまった。ソロで活動する冒険者を装ってはいたのだが、腐ってもB級上位の冒険者、どうやら監視であることに気づいたらしい。監視役である自身を撒いてF級冒険者パーティの襲撃に向かったと考えられた。


 そこでこうして慎重に後を追っているのだが、


「あんな荒っぽそうな連中があの女達を……」


 もったいない……、そんな感情が頭をよぎる。F級冒険者パーティ『龍を饗する者』、遠くからちらっと眺めただけだが男一人と驚くほどの美女三人で構成されたパーティだった。王都で暮らしているわけではないこの監視役からすればどうしてあんな美人がF級冒険者として五体満足でいられるのかが分からなかった。


「冒険者など所詮は無法者ども……」


 彼は間違いなくそう考えていた。そうしてあの獣のようなB級冒険者どもが男を殺して三人の美女を好き勝手に凌辱しているところを監視することになるのだと固く信じていたのだが……。


 ふよん……。足下にそんな感触を覚える。


『確認シマシタ!作り物デコイデス!消去シマス!』


 そんな言葉を監視役は確かに聞いたような気がした。だがそれはほんの一瞬の出来事で……、その森の一画には既に何も残されてはいなかった。


 エンシェントスライムの酸は全てのものを溶かすことができる。それは魂も例外ではない。


 作り物デコイで造られた人形ごとそこに仕込んだ魂を跡形もなく溶かされた男は断末魔の叫びを上げることすら許されず……、王都の屋敷にあるベッドには決して目を覚ますことのない生きた屍が横たわるのみであった。

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