第603話 夏の夜のお客様
「いらっしゃいませ……」
静かにそして落ち着いた笑顔でお客様を迎える。バーテンダーとしてお客様へはいつも同じ対応を心がけているミナトである。
「こちらへどうぞ」
そう言って先ほど一つだけ空いたカウンター席を勧める。
「よかった……。空いていましたね……」
ホッとしたかのようにそう呟きつつ席につくのはカレンさんであった。
カレンさんはルガリア王国の王都にある冒険者ギルドで働いている受付嬢だ。大人の魅力に溢れる三十代半ばの美人受付嬢で冒険者からの信頼が厚い人気の受付嬢である。
ギルドでは様々な冒険者の相談に対応しているところをよく見かけ、王都で冒険者となったばかりの若手は必ず一度は彼女に恋をするとまで言われている存在だったりする。
そしてミナトのBarの常連であり、いつも一人で来店しては二杯ほど飲んで帰宅する。その様子にミナトは非常にスマートな飲み手である認識していた。
そんなカレンさんは隣国グランヴェスタ共和国の出身らしくかの地方の冒険者ギルドに顔が聞き、知り合いの冒険者ギルドマスターも多いがその辺りの経歴はミナトもよく知らない。
そしてミナトたちの本当の実力に確実に気がついており、ルガリア王家や二大公爵家とも繋がりがあるという少しミステリアスな美人受付嬢だったりもしていた。
「何になさいます?」
「熱帯夜ですしね。白ワインを頂きます」
「畏まりました」
カレンさんのオーダーにミナトは冷蔵庫で冷やしておいて三本のボトルをカウンターに並べる。
ミナトのBarではワインはブルードラゴンの里産で造られた赤白それぞれ三本をグラスワインとして用意している。
熱帯夜ということもありミナトは酸味が強めのさっぱりしたワインを紹介しカレンさんは笑顔でそのワインを選んでくれた。
ガラス工芸家のアルカンに造ってもらった逸品であるワイングラスに白ワインを用意する。
「どうぞ白ワインです」
そんな言葉と共にワイングラスをカレンさんの前に差し出すミナト。ワイン注ぐところからの一連の動作も流れるように美しい。
カレンさんはワイングラスを口へと運び、
「美味しい……。さっぱりした味わいがこの季節によく合いますね」
その感想に笑顔で答えるミナト。心得たようにオリヴィアがお通しのチーズを並べた小皿をワイングラスの傍に置いてくれるのだった。
そうしてゆっくりとワインを楽しむカレンさん。夜も更け二杯目のワインも半分ほどになりカウンターのお客様がカレンさんのほかには王都へ買い出しに来ていた民族衣装風の装いなレッドドラゴンさんとエプロンドレス姿のアースドラゴンさんの美女二人になった頃、
「この時間までお仕事だったとのことでしたが最近はお忙しいのですか?」
手の空いたミナトからのそんな問いに、
「そうなんです。今年の夏は久しぶりに忙しくて……」
そう返すカレンさんの表情には僅かに疲れの色が見える。
「さっきアルカンさんとバルカンさんから聞いたのですが夏祭りがあるとか……」
「そうなんです。あ、ミナトさんはご存知なかったのですね?第一王女様の体調回復に合わせて夏祭りも再開となったのですがそのことで今日は王城から呼ばれまして……」
そうして今日の出来事を話し始めるカレンさん。
『王城での出来事なんてここで話していいのかな?』
カウンターにはレッドドラゴンとアースドラゴンしかいないので問題ないがテーブル席には最近やってくる男女のお客様がいる。
「うふふ……。大丈夫ですよ」
カレンさんの上着の袖口から柔らかい光が漏れる。
『マスター。盗聴防止の魔道具と推察します。周囲の音はそのままにカレン殿の言葉に関してのみマスターの耳に届くようになっているかと……』
カウンターのアースドラゴンが念話でそう教えてくれた。アースドラゴンは魔道具に詳しいのである。
どうやら何か相談事があるらしい。カレンさんはお店の大切なお客様であり冒険者ギルドではとてもお世話になっている。最近ではフィンとその部下たちの冒険者登録の際、王家や公爵家から彼女たちが伝説のアンデッド騎士団であるという情報は回っているはずなのに何事もなかったかのようにしれっと登録をしてくれたのだ。
『おれたちにできることなら協力しないとね』
ミナトはバーテンダーとしてテーブルのお客様にも注意を払いつつカレンさんの話に耳を傾けるのであった。
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