第602話 王都の夜はカクテルを

 夏の王都。その夜はゆっくりと更けてゆく。


「ミナト殿!ウイスキーをもう一杯じゃ!カクテルに挑戦じゃ!」

「このグリーン・アラスカは暑い日に飲んでも美味いものじゃな!儂はこれをもう一杯頂こうかの?」


 口開けからカウンターに座っている職人をしているドワーフの兄弟……、アルカンとバルカンのペースは未だ落ちていない。


『まだ大丈夫かな?』


 そんなことを考えつつミナトは二人のオーダーを受ける。


 明日が無の日ということで休日を前に今日はどうやら盛況らしい。


 この世界の曜日については基本的に前の世界と変わらない。曜日はこの世界を構築する属性が割り当てられ、火、水、風、土、光、闇、無の七日で一週間となる。


 そしてここでは無の日が日曜に該当し、一般的な職業の者達は休息日に当てている。ミナトのBarも休日は無の日だ。


 ちなみに月は元の世界と同じく十二ヶ月で一年。一月から十二月まであるのは変わらない。


 最近はドワーフやドラゴンの里からやってきたミナトの眷属の他に、冒険者や騎士、そして近隣の住民といったお客も増えてきた。冒険者稼業と兼業のため多少休みの多いBarではあるが一年ちょっと営業してきて認知度は上がっているようだ。


『忙しいことはいいことだよね……』


 心の中でそう呟きつつオーダーのお酒を造り続けるミナト。オリヴィアも接客、お通しの用意に洗い物といろいろやってくれている。


「バルカンさんはグリーン・アラスカで承知しました。アルカンさんはどうします?」


 グリーン・アラスカの用意をしつつアルカンに問いかけるミナト。


「この暑さじゃからさっぱりするウイスキーのカクテルはあるかの?」


 ミナトは少し考える。


「バーボンでもいいですか?」


「おお!確か麦ではなくトウモロコシを主に造った燻り酒とのことであったかな?あの味わいは儂も好きじゃ!」


「レモンの果汁を使ってバーボン・サワーというカクテルがあります。ま、ほとんどバーボンなので強いカクテルなんですが、レモン果汁とシェイクでとてもさっぱり頂けるカクテルです」


「ほほう。バーボンとレモンか……。面白そうじゃな。頂くとしよう!」


「畏まりました」


 そう答えてミナトはカクテルに取り掛かる。


 まずはグリーン・アラスカである。


 すっきりとした味わいのジンとファーマーさんが住んでいるダンジョンで湧いていたシャルトリューズの緑色ヴェールが入った小瓶を用意するミナト。ロックグラスにちょうどいい大きさのかち割り氷を二つ投入しバースプーンで回してグラスを冷やし、余分に溶けたグラスの水を切る。そこにジガーとも呼ばれるメジャーカップを使ってジンを四十mL、シャルトリューズの緑色ヴェールを二十mL、ロックグラスへと注ぎステア。


 これは『ビルド』、もう少し説明するなら『ロックグラスにビルド』などと謂われる作り方だ。つまりロックグラスに氷、ジン、シャルトリューズを入れて混ぜるだけ、これでカクテルが完成する。


「どうぞ!グリーン・アラスカです」


 そう言ってロックグラスをバルカンの前へと差し出すミナト。


「簡単に造っているように見えるのじゃが……、うむ、美味い!ジンとこの緑の酒の組み合わせは見事としか言えぬ」


 そんなバルカンに笑顔で応えるミナト。本来アラスカというカクテルもそのバリエーションであるグリーン・アラスカもシェイクで造るカクテルだ。このレシピは日本にいた頃、著名なバーテンダーが彼の著書で紹介した簡易版のレシピである。簡易版だがよく考えられた美味しいレシピなのでミナトはグリーン・アラスカに関してはこのレシピを勧めていた。


 次はバーボン・サワーである。


 サワーというと焼酎などをベースとし、炭酸水と果汁などで割った大箱居酒屋の定番を思い浮かべる人も多いかもしれない。だがそれはBarにおけるサワーとはちょっと別の飲み物だ。


 ミナトはアルカンにお願いして造ってもらったサワーグラスを冷凍庫に入れる。バーボン、レッドドラゴンの里で採れた極上のレモン、そして粉砂糖を用意する。ミントの葉も忘れない。このミントを使うというのはミナトのオリジナルである。


 シェイカーにバーボンを四十五mL、レモン果汁を二十mL、そして粉砂糖を少し……、最後にミントの葉を入れる。


 シェイカーに氷を入れシェイク。十分に温度が下がったことを確認してよく冷やしておいたサワーグラスに注ぐのだが、茶漉しのようなストレーナーを通して砕けたミントの葉がグラスに入らないよう気をつける。


 そうしてカクテルが完成する。


 つまりBarにおけるサワーとは蒸留酒に柑橘類などの酸味のあるジュース類と砂糖などの甘みのある成分を混合したカクテルのことを指すのだ。


「どうぞ、バーボン・サワーです」


 アルカンの前にサワーグラス差し出すミナト。


「バーボンは琥珀色のはずじゃが、シェイクの影響かこれは鮮やかな黄色に近い……、おお!これは飲みやすい。その大半がバーボンだとは言われなくては気づけぬかもしれぬほどに飲みやすいぞ!?」


「強いカクテルですからね。飲み過ぎは注意ですよ?」


 笑顔でそう指摘するミナトをよそに気に入ったのかアルカンは早いペースで飲み始める。


 そんな喧騒が続いて、ふと一つの席が空いた時、一人のお客が訪れるのだった。

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