第六章 バーテンダーと夏の王都

第601話 季節は夏

 季節は夏である。ルガリア王国の王都も本格的な夏の訪れを感じさせる非常に暑い夏の日々が続いていた。


 そしてそんな王都の夏の夜。夏は比較的過ごしやすいはずの王都だがここ数日は寝苦しい熱帯夜も続いている。


 しかしそんなことはお構いなしとばかりにあちらこちらから夜の喧騒が聞こえてくる。冒険者、騎士、商人、その他様々なことを生業にしている者達が一日の疲れを取るためにお気に入りの店へと足を向けるのだ。


 酒場、食堂、商店、宿、娼館まで、ディルス白金貨が飛び交う超高級店からディルス銅貨一枚で足りる胡散臭い激安店までこの王都には様々なものが集まってくる。


 チャンスを求めて王都を訪れた者、この街で暮らしている者、夢破れてこの街から去ろうとする者……、今この街に入り混じる全ての感情を呑み込んでこの街は喧騒とともに更けてゆく。


 ここはそんな王都の一角。ミナトのBarである。職人街、商業地区、学生街からも近いこの立地、表通りの歓楽街は日中の陽気を反映してかとても賑わっているが、裏通りに一本入ったこのBarの周囲は静かなものだった。


「いらっしゃいませ」


 いつもの落ち着いたトーンでミナトがお客様を迎え入れる。


「いらっしゃいませ……」


 もう一人、ミナト以上に落ち着いたトーンでお客様を出迎えるのは純白の白髪によるショートボブと褐色の肌、黒を基調にした執事服のような衣装、キリっとした切れ長の目にオリーブの瞳、非常に整った顔立ちにスラリとした体形のイケメンな女性。白狼王フェンリルのオリヴィアである。


「いやはや今日も暑かったのう。ミナト殿、儂はジン・トニックをお願いする。オリヴィアちゃんも元気そうで何よりじゃ!」

「兄者がジンとは珍しいがこの暑さじゃからな。では今宵は儂がウイスキー・ソーダを頂くとしよう。この季節ということで……、クラッシュアイスを使ってもらえるかの?」


「はい。畏まりました」


 開店と共に来店した常連さんである二人のドワーフからのオーダーにそう答えるミナト。万事を心得たオリヴィアが今日のお通しであるチーズを用意するためバックヤードのキッチンへと移動してくれる。


 本日、最初のお客様はガラス工芸家でミナトのBarのグラスを製作してくれているアルカン、そして彼の弟で金属加工を得意とする職人でありミナトが扱うジガーとも呼ばれるメジャーカップ、シェイカー、バースプーン、ストレーナーなどを製作してくれているバルカンというドワーフの兄弟であった。


 ミナトはジン・トニックとウイスキー・ソーダに取り掛かる。


 まずはジントニック。使用するグラスはタンブラー。ライムをカットし、冷凍庫からジンのボトルを取り出す。タンブラーに氷を入れバースプーンで氷を回してからグラスの水を切る。次はライムだ。今回は果汁を少し入れるスタイルにしてバースプーンで氷を回し氷にライムの香りを纏わせる。メジャーキャップを使って流れるような所作でジンを注ぐ。そうして冷蔵庫から取り出すのは炭酸水。ジンが注がれたタンブラーを炭酸水で静かにゆっくりと満たしてゆく。


 そうして次はウイスキー・ソーダ。用意するグラスはアルカンの自信作である薄い玻璃はりで造られた二六〇ccのタンブラー。冷凍庫から取り出した立方体の大きな氷をバルカンに作ってもらったアイスピックで丁寧に砕く。アイスピックにほとんど透明な漆黒の鎖が巻かれることで極めて効率よく氷を砕いているのは秘密である。そうしてタンブラーを用意したクラッシュアイスで満たし、メジャーキャップでウイスキーを注ぎ、こちらも炭酸水で静かにゆっくりと満たしてゆく。ウイスキーと炭酸水の比率は一対三とか一対四とか言われているが、アースドラゴンの里産であるこのウイスキーで造るウイスキー・ソーダはちょっと濃い目がいいと思うミナトであった。


「お待たせしました。どうぞ……、ジン・トニックとウイスキー・ソーダです」


 そう言って二人の前にタンブラーを置くミナト。


「「頂こう!」」


 互いに職人をしているドワーフの兄弟は満足そうな笑顔で一杯目を口へと運ぶのであった。


「それにしても今年の夏は本当に暑いわい!」

「そうじゃな。ここまでの夏は王都では珍しいかの?」


 二人の話題はこの夏の暑さらしい。Barの中はグランヴェスタ共和国で造られている最新の魔道具である冷風扇が作動しており快適だ。


『確かに去年よりは暑いと思う』


 この世界に来て二年目となったミナト。生まれは北海道だが長年高温多湿で知られるジャパンの東京で働いてきたため、王都における昨年の夏は過ごしやすかった印象があるのだが、今年の夏は東京に負けず劣らずの高温多湿な感じがするのだった。ちなみに王都の東にある大森林の最奥部に築かれたミナトの城は大森林がダンジョン化している影響で外気はちょうどよい気温が維持されており、城内もアースドラゴン達が作ってくれた魔道具のお陰でとても快適である。


「しかし、今年の夏は賑わうじゃろうな!」

「儂のところにも同業者組合ギルドから出店の依頼があった。兄者も何か作品を売るのか?」

「そうじゃな……。この店で扱ってもらっているグラスは王都でも人気が出てきておる。そのあたりを目玉に据えて……」


 ミナトはアルカンとバルカンの話に興味を持った。様々な品が集まる王都の夏は盛況となる。だが何か特別なイベントがあったという覚えはない。秋にはあちこちで収穫を祝っていた気がするし、冬には王家の儀式である『王家の墓への祈り』があってさらに冬祭りが盛り上がった記憶があるが夏は……。


「アルカンさん、今年の夏は何があるのですか?」


 ミナトはそう問いかける。


「あん?そうか!ミナト殿は昨年この王都に来られたのであったな!今年の夏は第一王女様が体調不良のためここ数年自粛していた夏祭りが行われることになったのじゃよ」

「昨年の冬に『王家の墓への祈り』が行われ、冬祭りも盛況じゃったろう?その勢いそのままに夏祭りも取り行うということになったようじゃ」


「なるほど……、夏祭りもあったのですね」


 そういうことかとミナトは納得する。ミナトのBarの常連の一人であるルガリア王国の第一王女であるマリアンヌ=ヴィルジニー=フォン=ルガリアは一族に遺伝する魔眼の影響でここ数年は病いの床にあった。それをミオが治療し体調が回復したことでこれまで自粛されていた様々なイベントが復活しているらしい。現在、第一王女様は隣国の第三王子殿と父君である国王を伴ってしばしばミナトのBarを訪れている。国王様の娘が欲しければこの儂を倒し……、的な視線が少し怖いミナトであった。


「夏祭りは冬祭りと異なり他国からも王族やら貴族やらが来るし、商機を見出した他国の商人やその護衛として冒険者もやってくる。今年の夏は盛況じゃろうな!」

「儂らも楽しまねば損だしの。そして他国の者に作品を売るよい機会でもあるのじゃよ」


 陽気に話すアルカンとバルカンがそう教えてくれた。


『夏祭りか……。みんなで祭り散策……、なんか楽しそう……。出店とかあるのかな?』


 今はただ素直にそう考えているミナトであった。

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