第600話 ルガリア王国は恵まれている
「この場には我らしかいない。すまぬがカーラよ。おそらく直接会うことが多い君にもこの件には巻き込まれてもらう。我が国の……、いやこの私の考えを改めて聞いてもらおう」
やや砕けた口調でルガリア王国の国王であるマティアス=レメディオス=フォン=ルガリアが言う。この場にいるのは国王、宰相、公爵家の三人、そして公爵家の騎士であるカーラ=ベオーザの六人だ。
「フィルグレイ卿とも話したが私の見解は依然として『我が国は恵まれている』というものだ。あの者達が王都を拠点としていることを僥倖としたい。伯父上、ライナルト、そしてミリム……、公爵家の見解に何か変更点は?」
ルガリア王国の国王であるマティアス=レメディオス=フォン=ルガリアが公爵家の三人に問いかける。
国王マティアスの母はウッドヴィル公爵家の前当主であるモーリアンの姉である。つまり国王マティアスにとってモーリアンは伯父、公爵家現当主のライナルトは従兄弟、ミリムは従兄弟の娘ということになる。
宰相を務めるハウレット=フィルグレイを含め彼等は国王が信を置く有事の際における相談相手である。
ちなみに国王であるマティアスはこの場に二大公爵家のもう一方であるタルボット家から当主の出席を願ったが叶わなかった。残念ながら現当主ロナルド=タルボットは廃嫡した長男、次男に代わり三男を当主とする教育のため領地へと戻っていたのであった。
「ふっふっふ。儂の考えは変わらん。あの者達は王都の暮らしを楽しんでおる。このまま王都で末永く暮らしてもらいたいものじゃ」
ニヤリと笑うモーリアン。
「マティアスが変な心変わりをしていなくて安心したぞ。あの者達を『我が国の脅威として排除する』などと言い出したら王位の簒奪を考えるところだ」
どこまで本気か分からない調子で公爵家当主が言ったらシャレでは済まされないような内容をライナルトが返す。宰相ハウレットの眉間に僅かに皺が寄っているところを見るに結構本気の発言だった可能性が高い。
「以前、お祖父様が仰っていましたがあれ程の力を持つ方々がその力を理不尽に振るうことなく王都での暮らしを好意的に思っているのであれば、彼等にこれからもこの国がよい国であると思って頂けるような
ミリムもそう答える。
「カーラよ、そなたの意見も聞きたい。当初は危険視しておったよな?公爵家に仕える騎士であればミナト殿達の力は脅威に映る。それは当たり前のことじゃ。あれから幾度か行動を共にしたそなたの印象はどうじゃな?」
モーリアンにそう言われてカーラ=ベオーザは考える。そうして、
「当初はその強大な力を脅威に感じたことは事実です。ですがこの国へ仇なす存在ではない、というのが私の見解です。彼等は降りかかる火の粉に容赦はしませんが、それ以外には寛容です。それに……、私はテイムしているというアンデッドの強さを目の当たりにしました。ミナト殿が本気でこの国を落とそうと思えば止める手立てはありません。だが彼等はそれをしない。それどころか王都で楽しく暮らしているというのはこの国に好意を持っている証だと考えます」
毅然としてそう答えた。その答えに応接間の全員が頷いてみせる。どうやらカーラ=ベオーザの回答はこの場に集まった者達を満足させる内容であったらしい。
「ふぅ……。それにしてもだな……。二千年前の大戦時にクラレンツ山脈を拠点にして暴れ回ったとされるアンデッドの騎士団が実在し、ミナト殿の配下としてこれから王都を拠点にする……、か……」
溜息混じりに呟く国王に、
「ロビン殿とファーマー殿がおられる状況ではそれも今更な話じゃぞ?人族と亜人のために魔王軍と対峙した心優しき首なし騎士が普通に冒険者ギルドに出入りしておる。さらに魔王軍の元最高幹部で後に離反し人族と亜人のために力を尽くしたエルダー・リッチが王都近郊のダンジョンで野菜を栽培し王都に売りに来る。王都はそれが日常じゃ」
「王都に紛れ込んでいる間諜はさぞ困っているであろうな。事実を報告しても恐らく信じてはもらえまい」
モーリアンとライナルトが黒い笑顔で言ってくる。
「ロビン殿とファーマー殿の協力で王都の冒険者達の実力は目に見えて向上しているとカレンさんから聞いています。今後は見所のある騎士達を冒険者ギルドの訓練に加わらせる予定もありますがその辺りも間諜は報告に困っているようですね」
ミリムがそう付け加え、
「さらにシャーロットさん、デボラさん、ミオさん、ナタリアさん、オリヴィアさんも相当な実力者ということですが……、私はもう一つ気になることがあります」
そう言ってきたミリムに、
「何かな?ミリムの気になることは特別だ。忌憚なく発言してくれると嬉しいが?」
国王マティアスが反応する。
「カーラから報告のあったエンシェントスライムの群れに関する件です。カーラ達にとっては実に都合のよいタイミングでエンシェントスライムが帝都グロスアークに出現したようですがこれは偶然でしょうか?」
全員の視線がミリムへと集まる。
「ミナトさんは一体の小さな青いスライムを連れています。これは冒険者ギルドでも確認している事実です。かなり賢いスライムで書状を届けるようなことをしてくれたことはあるのですが……。もしかして……」
ミリムの言いたいことを理解した全員の表情が強張る。エンシェントスライムは天災と同じクラスの魔物であり人族や亜人がどうこうできる存在では絶対にない。そんなことができるとしたらその存在というのは……、
「ミリム!そなたの話は興味深いが、この話はここまでとする。これは我からの命令と心得よ!」
「はっ!」
国王マティアスが強制的にミリムの話を終わらせた。
「では今一度この国を、そしてこの王都をより良くする方案に関して考えるとしようか……。帝国とのこれからのこともある。あの国に潜む他国の間諜も苦労していそうだな。それにジョーナスの今後のこともあったな」
報告会を超えたルガリア王国トップ達による話し合いはいましばらく続くのであった。
一方その頃……。
「これは……、ダメだ……。シャーロット!今のおれではこの先には進めそうにない!」
白銀に輝く巨大な扉の前でそうシャーロットに伝えるミナト。巨大な扉から放たれる波動がミナトの身体に強烈なデバフを与えるようで動けなくなってしまったのである。
ここは神聖帝国ミュロンドの帝都グロスアークにある
その目的とは……。
「これが光のダンジョンの入り口か……、聞いてはいたけどすごいイヤなプレッシャーを感じるよ」
「人族では肉体と魂がこの空間に耐えられないのよ。ミナトはまだギリ人族だし……、やっぱりここは最後ね。最初から入り口の確認だけのつもりだったしね。帰りましょうか?」
そうして二人は扉から距離を取る。途端に身体が軽くなるのを感じるミナト。
「ふー。楽になった。今回も色々あったけどフィンたちも仲間になったし新しいお酒にも出会えた。ジョーナスさんも王国に辿り着けたし、いい旅だったんじゃないかな?」
ミナトとしては海沿いの都市国家にいたというジョーナスから米と醤油の情報を得たいところである。
「そうね!私もそう思う!だけど私はしばらくご無沙汰のお城のお風呂が恋しいわ!ね?帰ったら一緒に入りましょう?……でもオリヴィアが寂しがっていたから……、やっぱりみんなで楽しまない?」
「オテヤワラカニオネガイシマス……」
そんな会話と共に二人の姿は虚空へと消える……。不気味な波動を放ち続ける白銀の扉をそこに残して……。
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