第598話 ミナトのスキルで追い払う

「うわあっ!?あ、あれ……?」


 ミナトに神聖帝国の斥候だと見做された二人のうちの一人……、円盤上の魔道具を持ったいた方の男がそう声をあげる。


「どうした!?」


 背後でランタン型の魔道具を掲げているもう一人が声をかけると、


「いや……、ただのスライムだった」


 そう返しつつ円盤状の魔道具を使って指し示す自身の足下にいたのは水色の球体。この世界において最弱の一角とされる水色のスライムが一匹、小さなテニスボールくらいの身体をふるふると揺らしている。


「おいおい!しっかりしてくれや!最弱のブルースライムだぞ?そんなの一匹に何を驚いているんだよ!」

「わりーわりー、クラレンツ山脈に入ってからその魔道具のお陰で全く魔物と遭遇していなかったから久しぶりの魔物の姿に驚いちまった……」


 顔を見合わせてそんなモブ役っぽい会話を交わす二人だが、


「え?」

「あ?」


 二人同時にそんなそんな音とも声ともつかない音声を発して見合ったまま固まる。心なしか二人の顔色がちょっと悪い。


 ギギギ……。


 そんな効果音を背後に表示させつつゆっくりと円盤状の魔道具を持っている者の足下へと視線を移動させる二人。水色のスライムは楽しそうなのかふるふると揺れ続けている。


 あっという間に二人の顔色は真っ青へと、さらに土色へとその色を変えていく。


 ギギギ……。


 酷い顔色の二人は同じ効果音を背景にして今度はランタン型の魔道具へと視線を移した。


 このランタンは魔物避け機能が組み込まれた最新式の魔道具で、神聖帝国ミュロンドがその総力を上げて開発したものである。


 開発のきっかけとなったのは数年前、クラレンツ山脈に強力なアンデッド達が眠りについているという情報が得られたことに遡る。


『そんなアンデッドを使役できたら、隣国を攻め落とせるかもしれない』


 当時、皇帝の意に反してルガリア王国などの隣国を攻め、領地を奪うことがバルトロス教の布教につながるという過激な教義を持つ一派の者達はそう考えた。


 そのような者達の思惑も後押しする形で、街道を使うことなく安全にクラレンツ山脈を移動できることを目的として開発されたのだがこのランタン型の魔道具である。


 未だ開発の途上でありクラレンツ山脈に生息する剣呑な魔物の全てに効果を発揮できるわけではない。だが街道沿いに出没するオーク程度までの魔物には効果があることが証明されていた。


 そのため街道を移動するウッドヴィル公爵家一行追尾のためにと与えられていたのだが……。


 改めて顔を見合わせる二人の男。


 一般的に……、いや常識的に言って水色のスライムはオークよりも明らかに格下の魔物である。そのことに異論を挟むものなどこの世界にはいないだろう。


 そして二人が追尾にためクラレンツ山脈に入ったここ数日、さらに今の今まで魔物には遭遇しなかった……、ということはランタン型の魔道具は正常に作動している。


 そこから導き出される結論は……、


「ま、このスライムはめっちゃ強いってことかな?」


 水色のスライムからそんな呑気な声が聞こえ驚いて固まってしまう二人の斥候。


「そんなに驚かなくても……。あ、自己紹介は省略ね。そこまで教える義理もないし……。ちなみにこれはテイマーの技でーす。すごいでしょ?」


 ふよふよと揺れる水色のスライムから挑発めいた台詞が流れてくる。


 本来であれば、『何者だ!?』などと返すところかもしれないが、混乱した今の二人にそんな余裕はない。


「えっと……、話を続けると……」


 ここでスライムから聞こえる声のトーンが変わる。


「お前達の行動は筒抜けだ。せっかくお前達の皇帝が落とし所を見つけられるよう振る舞ったのに……。それを台無しにしようとするお前達をこれから神聖帝国側へと追い払う。逃げないと……、死ぬぞ?」


 フッ……。


 一瞬にしてスライムの姿が消える。


 そして二人の視界を覆うかのように黒い霧が押し寄せてきた。


「あれは……?」

「バカ!何を惚けている!瘴気だ!それもかなり濃い!逃げるぞ!」


 魔道具を捨て街道へと身を躍らせて走り出る二人。既にルガリア王国側は瘴気で埋め尽くされているように見える。


 二人はどんどん近づいてくる瘴気の塊から逃げ帰るのは精一杯であった。



 一方その頃……。


『マスターよ!私はこうして瘴気を出すふりをするだけなのか?』


 艶やかに黒光りする骨格を持った漆黒のスケルトンブラック・スケルトンのフィンがミナトの傍でそんな念話を伝えてくる。


『一応さ、テイマーの能力で発生させていることにしているからさ……』

『私も協力しようではないか!マスターと二人でならこの周囲一帯をまとめて死の荒野に……』

『ダメです〜。街道とその周囲を瘴気で埋めて人々の往来を制限できればいいから却下です』

『うう……、つまらぬ』


 フィンとそんな念話を交わしつつ瘴気をクラレンツ山脈の街道沿いに撒き散らし続けるミナト。ルガリア王国と神聖帝国ミュロンドを繋ぐ街道は今や人族や亜人が絶対に利用できない死の回廊と化し始めていた。


 これがフィンたちをテイムして得た【保有スキル】不死者を統べる者の効果である。


【保有スキル】不死者を統べる者:

 漆黒のスケルトンブラック・スケルトンが騎士団長として統率するアンデッドの騎士団を自身の眷属として相応しい形で強化し従わせる。

 肉体的な変化はありませんが瘴気を扱うことが可能になります。放つ瘴気は魔法とは判定されません。瘴気は生命ある者に深刻な影響を与えることができます。どんな環境でも使用することが可能であり大気に放出することも水に溶かすことも、威力の調節も可能です。威力を間違うと周囲の環境に深刻な影響を与える可能性があります。また耐性が低ければ瘴気は貴方にも影響がありますのでくれぐれもご注意を。


「さすがミナト!いい仕事しているわ!」

「うむ。瘴気の扱いも見事なものだ!」

「ん。すごい!」

 ふよふよ〜。


 シャーロットたちには好評であったが、


「これは瘴気……、い、いや……、いくら高位のアンデッドをテイムしているとはいえ人族の身で瘴気を扱うとは……、やはり……?」


 表情引き攣らせてそう呟くカーラ=ベオーザ。


「このスキルは初めて拝見しました。素晴らしい効果ですね!少し羨ましいです!」


 笑顔でそんなことを言うティーニュ。


「ティ、ティーニュ殿!?」


 カーラ=ベオーザの驚きの声がクラレンツ山脈に響くのであった。

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