第593話 暴露話ではないけれど

 クラレンツ山脈に走る街道沿いの野営地で、ウッドヴィル公爵家の一行はミナトによる渾身のナポリタンを皆が堪能した。


 そんな夕食が一段落したタイミングで、


「貴殿は一体何者なのだ?」


 カーラ=ベオーザがミナトにそう問いかける。


「うーん……、何者って言われても……」


 少し困った表情を浮かべるミナトであったが、すぐにその表情が引き締まる。その真剣な眼差しに周囲の騎士やポーター達も押し黙ってミナトの言葉に注目する。


 一瞬、訪れた静寂の後……、


「ルガリア王国の王都でバーテンダーをやっているF級の冒険者……、かな?」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 先ほどの静寂よりも遥かに長い沈黙が周囲一帯を支配した。先ほどまでは気持ちのよい初夏の風による周囲の樹々の葉擦れが耳に届いていたはずなのだがその音すらも聞こえない見事なまでの沈黙である。


 そしてなぜか周囲からの視線が痛い。シャーロットたちからではなく主にウッドヴィル公爵家に所属する面々からの視線がだ。


「あれ……?」


 そのどうしようもない沈黙と周囲から『え〜?』という効果音を伴って集まるダメな子を見るような視線に戸惑うミナト。


 ちなみにA級冒険者のティーニュは今更何を的な態度でちょっと引いている。


 ミナト本人としては極めて端的にかつ誠実に回答したつもりであるのだが……、


「ミ、ミナト殿……、その回答は真実ではあるのだろうが……」


 ウッドヴィル公爵家の騎士やポーター達を代表するかのように言葉を絞り出すカーラ=ベオーザ。彼女の背後からは、


「いや……、そうなんだろうけどさ……」

「確かに間違ってはいないけど……」

「F級冒険者にしては強すぎるし……」

「連れている女は全員絶世の美女って無理だろ……」

「美女もみんな強いし……」

「超美人なのにアンデッド……」

「ダメだ!それは忘れろ!」

「お近づきになりたいと思った獣人の子がグールになって……、神殿騎士の腕を喰い千切り……、イヤァァアア!」

「おい!気をしっかり持て!」

「みんなあんなに可愛いのに……、さっきあの子……、顔が……、目が……、内臓も……」

「だから悪い夢だって!」


 騎士やポーター達からのそんなトラウマな台詞と励ますような台詞が聞こえてくる。


「こほん。ミナト殿……。私も主人であるライナルト様から色々と伺っているしミナト殿の事情に深入りする気はないのだが、この憐れな者達にせめてもう少し話をしてはもらえないだろうか?もちろん私も含めてこの者達には他言させぬ契約魔法を結ばせることをここに誓おう」


 部下達を残念な者を見る目で眺めつつそう言ってくるカーラ=ベオーザにミナトも少し協力したくなる。傍のシャーロットに視線を向けると笑顔で頷いているので彼女的にも問題はないらしい。


「うーん……。ま、口止めに関しては常識的な範囲でお願いします。ただロビンやフィン、そしてフィンの部下がアンデッドだって言っても誰も信じないかもしれませんが……、あ、ロビンの正体は一部の冒険者には公然の秘密ってことになっているけど……」


 そうしてロビンが大戦時に人族と亜人に味方した伝説のアンデッドでありティーニュを含めた一部の上級冒険者をルガリア王国と冒険者ギルドの公認で鍛えていることを伝えるミナト。


 ついでにファーマーさんも大戦時に活躍した御伽噺にも登場する有名なエルダーリッチでこちらはルガリア王国としては内密に、冒険者ギルドとしては公式に冒険者に魔法を伝授していることも教えてしまうミナト。


 公爵家から状況を説明されているだろうカーラ=ベオーザ、ガラトナ、ティーニュらは平然としているが、騎士やポーター達、そして神聖帝国ミュロンドの第三王子であるジョーナスはそのあまりの衝撃的な内容に固まってしまう。


 ミナトとしてはシャーロットのかつての二つ名やその功績を教える気もないし、デボラ、ミオ、ナタリアが世界の属性を司るドラゴンであることも秘密である。


 さらにオリヴィアがフェンリルであること、ピエールがエンシェントスライムであることもこの状況であれば説明の必要はないと判断するミナト。


 フィンたちについてはクラレンツ山脈に封印されていたアンデッドだとミナトは正直に説明した。


 さらに興が乗って彼女達はかつての大戦の時、このクラレンツ山脈を中心に魔王に与して大陸各地で暴れ回った最強クラスのアンデッド騎士団であることも暴露したミナト。


 再び真の姿となった彼女達に(ヤバい状態のアンデッド姿で)とびっきりの笑顔で挨拶された時、幾人かの騎士やポーター達があえなく意識を失ってしまうのはまことに仕方のないことであった。

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