第592話 野営とカーラ=ベオーザの問い
クラレンツ山脈に夜の帳が降り始める。
細い街道沿いに設けられた野営地用の広場にもはや僅かとなった夕陽に照らされるウッドヴィル公爵家の一行の姿があった。
ブリュンゲル枢機卿と満身創痍の神殿騎士達をその場に残しウッドヴィル公爵家の一行は帰路についたのである。
ミナトは既にブリュンゲル枢機卿から興味を失って放置を決め込んだのだが、カーラ=ベオーザがこの判断に賛成してくれた。
カーラ=ベオーザ曰く、ブリュンゲル枢機卿が余程の愚か者でない限り後詰を任されていた神殿騎士がいずれこの場にやってくるだろうとのことだ。
ブリュンゲル枢機卿の国境でのこのような行いは殺されても文句は言えない。だがウッドヴィル公爵家一行が殺したとなれば、帝国になんらかの交渉の口実を与えることになるかもしれない。
だが殺されずにあのような恐怖に慄いて心を壊した状態のブリュンゲル枢機卿を見れば帝国も何が起こったのかを確認せざるを得ない。帝国にとってブリュンゲル枢機卿はもはや役立たずかもしれないが、ルガリア王国のなんらかの戦力を目の当たりにしたのであれば、それは把握したい情報であり簡単に殺すことはできない。帝国は何が起こったのかを知ることに労力を使わされる。
それはルガリア王国の利であるとカーラ=ベオーザは考えたようでミナトもそれで問題ないとしたのであった。
「事実をねじ曲げ王国によって殺された、と相手が主張するのであればこちらは国として否定するだけだ。我が国にとって第一王子による勝手な宣戦布告などをする帝国の主張などもはや構うものではないだろう?」
笑顔でカーラ=ベオーザはそう言い切った。
そうして到着したこの野営地は往路でも使用した場所であり、そのの時と同様にテントを設置している。往路と異なる点といえば神聖帝国ミュロンドの第三王子であるジョーナス専用の大きなテントが設置されていることだろう。
ちなみにこの隊を率いるカーラ=ベオーザも恐らくは貴族家の出身であると思われるのだが彼女が使用するテントは帯同する騎士達と同じ形式である。本人は『テントなどこれで構わぬ』と言って特別扱いは好まないのだとか。
そしてミナトたち一行にも往路と異なる点があり、白いワンピースの黒髪の美女と鎧姿の金髪の美女、そして人族と獣人の美女たちで構成される騎士団が追加されていた。
そんなウッドヴィル公爵家の一行はただいま絶賛食事を満喫中である。
シャーロット、デボラ、ミオ、そして幼女モードになったピエール、ロビンとフィンと
「ちょっと疲れた……」
その傍でぐったりしているのは数十人前のナポリタンを作り切ったミナト。正攻法ではどうしても手が足らずシャーロットに認識阻害の魔法をかけてもらいつつ、こっそりと王都へ買い出しに走り、【保有スキル】白狼王の飼い主と【眷属魔法】
これまでも何度か野営の食事を高額で提供してきたミナトだが、今回は
「人数も多いし今日は疲れたからおれ達のパーティ以外に作るとしたら一人ディルス金貨三枚ね?」
と吹っ掛けた。
この『ディルス貨幣』は大陸で主要かつ最も信頼されている通貨の一つであり、日本の通貨に換算すると下記のような価値となる。
ディルス鉄貨一枚:十円
ディルス銅貨一枚:百円
ディルス銀貨一枚:千円
ディルス金貨一枚:一万円
ディルス白金貨一枚:十万円
つまりナポリタンを一人三万円で作ると言ったのだが、
「お願いします!」
「それくらい構いません」
「私もそれくらいは持ってきた。非常に美味だというミナト殿の料理は実に興味深い」
そう言ってティーニュとガラトナさんとジョーナス王子が即決。さらに、
「今日もあのようなことがあった。今回の旅は不測の事態ばかりであったが皆よく頑張った。バウマン辺境伯領までいま少しのところだが、今夜は皆を労う夜としよう。今日の夕食は私が出す!」
カーラ=ベオーザのその言葉でミナトは全員分のナポリタンを作ることになったのである。
流石に酒は飲まないが皆が美味しそうにナポリタンを楽しんで……、ウッドヴィル公爵家の騎士やポーター達はちらちらと昼間に極めて衝撃的な光景を披露したロビンやフィンと
「ミナト殿!」
そんな全員を代表してか十分にナポリタンを堪能したカーラ=ベオーザ部下達を見渡した後、ミナトに声をかける。
「貴殿達が護衛依頼を受けているこんな最中に聞いてよい話ではないことは分かっているのだが……、この者たちのためにも私の質問に答えては頂けぬだろうか?」
そう言われたミナトはカーラ=ベオーザに笑顔で向き直る。その傍にはリラックスした様子の美人のエルフが微笑んでいる。
「えっと、この場で答えることができる内容であれば大丈夫ですけど……」
その言葉に安堵した様子のカーラ=ベオーザが、
「貴殿は一体何者なのだ?」
そう問いかけるのだった。
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