第590話 とってもホラーな……

 白いワンピースを纏った黒髪で細身の美女と薔薇の紋章があしらわれた鎧姿の金髪の美女が恭しくミナトの前に跪く。


 突然のことにブリュンゲル枢機卿や配下の神殿騎士達は驚きを隠せない様子でこちらを伺っている。


 そんな中、周囲の魔物の大群など眼中にない様子でシャーロット、デボラ、ミオを背後に従えつつロビンとフィンを跪かせるその姿に……、


「一体どこから……?」

「魔法で召喚した……?」


 といった比較的まともな言葉を呟くのはカーラ=ベオーザとティーニュの二人。一方で、


「なあ……、冒険者ってモテるのか……?」

「羨ましい……」

「なんだろう……、この込み上げる殺意……」

「美人のパーティーメンバーがいるとは聞いていたけどさ……」

「黒髪……」

「ぜひあの金髪の女騎士とお近づきに……」

「早まるな!殺されるぞ?」


 陣形を組んだまま魔物のことは一旦傍に置いてウッドヴィル公爵家の騎士達がそんなことを言い始める。シャーロット、デボラ、ミオは言うに及ばずカーラ=ベオーザやティーニュも十分に美しい女性である。そんな美人達を毎日目にしながらここまでやってきた騎士達にもロビンとフィンの美しさは新鮮に映ったらしい。さらに、


「あの鎧姿……、なんとも美々しい……」


 ミナトの聴覚が馬車の中からの呟きを捉えた。第三王子のジョーナスはフィンの容姿を気に入ったようだ。


 だがそんな惚けるウッドヴィル公爵家一行を見て……、


『なんかの悪いことをしているというか……、彼等にちょっと申し訳ない気持ちになってきた……』


 そう心の中で呟くミナト。人の姿をしているロビンとフィンは間違いなく美しいのだが……、


「ロビン、フィン、呼び出してしまって申し訳ない。そんな跪いてないで楽にしてよ」


 そう言って二人を立たせる。


「二人にさ、お願いがあって……」


「なんなりと……」

「マスターのご命令とあらば……」


 右手の拳を胸に当て騎士の礼で応えるロビンとフィン。そんな二人を前にミナトはブリュンゲル枢機卿を指差して、


「あの男と背後にいる神殿騎士達がね、アンデッドにとても興味があるらしいんだ。本当に強いアンデッドと闘ってみたいらしい」


 しれっと言うミナト。


「ほう……」

「ふむ……」


 瞬時に好戦的な笑みを浮かべる二人の美女。


 ブリュンゲル枢機卿と神殿騎士達が『何を言っているんだ?』といった怪訝な表情になるがそんなことは気にしない。


「せっかくだから二人に来てもらったんだよね。本来の姿になって……、あ、フィンは部下を全員呼び出してもらって……」


 ミナトの言葉の内容がよく理解できずウッドヴィル公爵家の騎士達が首を傾げるがこちらも気にしない。


 そして遂にミナト魔王の命令が下される。


「あの男と背後にいる神殿騎士達に魔物を操ってルガリア王国を攻めるなんて下らない考えが二度と浮かばないように、死よりも上の恐怖を与えてやってくれない?」


「承った!」

「イエスマスター!」


 二人がそう応えると同時に、彼女達の全身から魔力が吹き出す。


 そうして先ずロビンが一歩を踏み出した。


「マスターの暮らすルガリア王国を攻めようとは……。後悔させてやろう!見るがよい!吾輩の真の姿を!」


 共にロビンの身体が……、簡単には変わらない。


『一瞬で元に戻ったり人の姿になったりできるのに今回もしないってことは……』


 ロビンの様子にミナトが天を仰ぐ。心の中で、


『あの演出……、ロビンに見惚れていたウッドヴィル公爵家の騎士さん達ごめんなさい』


 と両手を合わせているには秘密である。そして……、


 ボトリ……。


 そんな無残な効果音を共にロビンの首が地面へと落下する。そして頭部がドロリと溶けた。


「「「「「!!!」」」」」


 その様子を目の当たりにした全員絶句する。


 首から上がないままに仁王立ちするロビンの全身から稲妻のような光が発せられる。そして徐々にその身体が膨れ上がり(とても気持ち悪かった)、白いワンピースを引き裂く形で厳つく装飾をほどこされた漆黒のフルプレートアーマーの巨体がその姿を現わす。


 背中にあるのは見事とさえ評することができそうなほどの禍々しい巨大な魔剣。そしてその傍らにはどこから現れたのか雷光を纏い呼吸の度に炎を吐いているアンデッドの巨馬。周囲に旋風が吹き荒れる。


 初級の冒険者なら間違いなく漏らしてしまうほどのド迫力。二千年前のかの大戦の折、人族や亜人、そして魔物から恐れられた煉獄の首無し騎士ヘル・デュラハンがミナトの【眷属魔法】である眷属強化マックスオーバードライブによって進化した首を失った闘神ヘル・オーディンがその姿を現した。


「皆の者!闘争の時だ!」


 首を失った闘神ヘル・オーディンの登場に全員が呆然としている中、フィンの言葉と同時に彼女の周囲に次々と魔法陣が浮かび上がり見目麗しい多数の女性騎士がその姿を現した。フィンが隊長を務める騎士団、黒薔薇騎士団ブラック・ローズが全員集合する。


 美貌の騎士であるフィンに率いられる人族と獣人の美女で構成された騎士団の登場に首を失った闘神ヘル・オーディンよりもそちらに注目する者が出始めるが……。ミナトは、


『きっと同じ演出だから……、ゴメンナサイ……』


 と心の中で手を合わせたままである。すると……、


 ドロリ……。


 その光景を目の当たりにした者はそんな効果音を確かに聞いた気がした。フィンの顔の皮膚が美しい金髪と共にドロリと地面に溶け落ちたのである。


『やっぱり……』


 ミナトの心の呟きは周囲には聞こえない。


 それはフィンだけではなかった。先ほどまで見目麗しい美女の集団であったはずなのだが、ある者の皮膚は焼け爛れ、ある者の顔はその大半が崩れ眼球が垂れ下がり、ある者はその全身を血塗れにし……。


 そんな光景を代表するかのように皮膚、筋肉、内臓とご丁寧に見事なホラー調で全身を溶かしたフィン。そこに現れたのは薔薇の紋章をあしらった鎧を纏った非常に厳つい漆黒のスケルトン。


 そしてその背後にはド迫力を放つ凶暴なアンデッド達。


 黒薔薇騎士団ブラック・ローズがその真の姿をここに顕現させたのである。


 驚くほどの美女達が次々と異形へと姿を変えるその光景に何人かが泡を吹いて倒れる。ちなみに第三王子のジョーナスもフィンのあまりの変貌にあえなく意識を失っていた。


「それじゃ、戦闘開始!」


 ミナトの宣言にロビンとフィンが動き出す。ブリュンゲル達の破滅はもうすぐそこまで迫っていた。

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