第588話 待っていたのは
この先で待ち伏せされているというミナトからの報告を受けたカーラ=ベオーザは、
「クラレンツ山脈の街道沿いで待ち伏せ……。このあたりの魔物は強い。そのようなことが簡単にできるとは思えんがミナト殿の言葉が嘘などという方が信じがたい……」
小声でそう呟きつつ迅速に指示を飛ばす。
前衛となる者、第三王子の馬車を守る者、後方のポーター達を守る者、騎士達が無言であっという間に配置につく。さすがは公爵家に所属する騎士達、その練度高さが伺えた。
ウッドヴィル公爵家の執事兼暗殺者であると思われるガラトナさんは第三王子を乗せた馬車の御者台の上。A級冒険者のティーニュはその馬車の護衛に加わる。
カーラ=ベオーザは前衛の後ろの馬上にいる。
そして最前列にはミナト、シャーロット、デボラ、ミオの四人が立ち並ぶ。ちなみにピエールは依然としてミナトの春用の外套だ。
この隊列は事前に決めていた。ミナトたちの攻撃力は高い、今更そのことに異論を唱えるような者はこの隊列にはいない。そして騎士の剣は護りの剣。ミナトたちが戦端を開いた初手で相手に大きな損害を与え、もし取りこぼしがあれば騎士達が対応する。ミナトたちが第三王子から距離を取るのは護衛依頼の契約上ギリギリのところだが、同じ依頼を受けているA級冒険者のティーニュが第三王子の側で守りに加わっているので問題ないというカーラ=ベオーザの判断であった。
そうしてミナトがちらりと背後のカーラ=ベオーザへと視線を向ける。しっかりとそれに気付いたカーラ=ベオーザは無言で右手を前に突き出す。
『前進』の合図だ。
周囲に警戒しながらゆっくりと街道を進むウッドヴィル公爵家の一行。
『待ち伏せだから奇襲を仕掛けてくると思ったんだけど……』
心の中でそう呟くミナト。その視線の先には……、
「この私をコケにしおって……、許さん……、許さん……、許さんぞ!汚ならしい公爵家の犬どもがぁ!」
狂ったようにそう喚き散らすのはバルトロス教の司祭服を纏った老年の男。その背後に神殿騎士と思われる数十人の騎士を引き連れている。
ミナトはピエールからの映像で見たその人物を思い出す。
「確かブリュンゲル枢機卿……?」
ミナトがそう呟くとブリュンゲル枢機卿の目がミナトを捉える。そしてミナトの傍に親しそうに控えているシャーロット、デボラ、ミオの姿を確認してその瞳がさらなる怒りに染まった。
「貴様か!?貴様があのふざけた人形を送り込んだ張本人か!?」
ガクガクと驚愕し震えている様を見せられながらそう言われ、ミナトは何のことかを思い出す。
「ああ。いや……、おれというよりは厳密にはみんなの判断というかなんと言うか……、あはは……」
上手く説明できなくてとりあえず笑って誤魔化すミナト。現状に一切の危機感を覚えていないミナトの気楽な対応を前に枢機卿の額に血管が浮き出る。
「貴様の……、貴様のふざけた行いでヒムリークを失いファナザの街の影響力を失い……、忌々しいエンシェントスライム、そしてそこのエルフのおかげで……、第一王子の失脚、第二王子と兵器を失い、教皇は偽者……、その全てに深く関わっていた……、私は……、私は……、私は破滅だ!」
そう声を荒げる枢機卿。
「あの人形に関しては自業自得じゃないかな?何もしなければ何も起こらなかったんだけど……?」
とりあえず言い返すミナト。
「五月蝿い!もはや残された道は一つのみ……、貴様らの首を上げ、帝都グロスアークで皇帝陛下を討ち反皇帝派閥に……」
もはや正気を保ってはいられないような目でそんなことを口にする枢機卿。背後の神殿騎士達も追い詰められたような表情で従っている。ミナトは大体のことを察して、
「なるほど……、帝国も一枚岩とはいえないか……、でもおれ達に勝てるかな?」
挑発めいた口調でミナトが返すと枢機卿は狂気に駆られた笑みを見せ、
「くく……、我らの魔導技術を甘く見んことだ!この光景に驚きつつ死ぬがよい!」
その言葉と共に小さな小箱を掲げるのであった。
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