第587話 帰路、クラレンツ山脈

「カーラさんの言う通りで、さっさと帰るのが正解かな?」


 そう納得するのはミナトである。一行は既にクラレンツ山脈の街道に到着していた。ミナトはシャーロットを伴い護衛として先頭を歩いている。これが本来の依頼である護衛の仕事だ。


 隊を率いるカーラからベオーザの判断で国境の街であるファナザをウッドヴィル公爵家一行は足早に通り抜けた。


 ファナザの街では管理していたヒムリーク枢機卿が雷に打たれて大怪我を負ったらしく新しい管理者が任命されたとのことだが、多忙とのことだったので挨拶等は不要という形を押し通した結果である。


『雷は間違いなく自動人形オートマタにいかがわしい事をしようとした報いで、多忙の理由はフィンがこの街に集められた神殿騎士たちを半殺しにしたから……』


 そんなことを思うミナト。既にフィンからか報告を受けている。フィン率いる極めて強力な女性のアンデッドで構成される黒薔薇騎士団ブラック・ローズはファナザの街にある神殿騎士の駐屯地を強襲。国境であるクラレンツ山脈を越えてルガルア王国のバウマン辺境伯領を攻めるために集められていた五百人以上の神殿騎士を瞬く間に戦闘不能にした。そのあまりの強さと脅威的な連携を伴う戦い方に神殿騎士達は地獄を見たと今もベッドの上で悪夢にうなされているとか……。


『人の姿のフィンは美人だけど、あの漆黒のスケルトン姿はね……』


 厳つい漆黒のスケルトン姿を思い出し神殿騎士達に心の中で手を合わせるミナト。


 そしてカーラ=ベオーザから聞いたことを思い出す。


 カーラ=ベオーザは神聖帝国ミュロンドから一刻も早く第三王子であるジョーナス連れ出すことを最優先した。皇帝が回復したとはいえ第一王子が重症、第二王子が死亡、国教であるバルトロス教の教皇が皇帝暗殺を図ったのちに殺害されたという混乱の極みにあるこの状況であれば優秀なジョーナスの存在は一時的な助けになるかもしれない。しかし特殊なスキルも魔法も使えないジョーナスにはこの国での政治的な立場はまず与えられない。


『ジョーナス様が優秀であることは間違いない。我が国でもそうだったが、つい最近まで人質同然に暮らしていた海沿いの都市国家でもその評判は高かったと聞く。ジョーナス様を一時的に担ぎ上げる勢力が現れる可能性を考えたのだ。しかしジョーナス様が残れば……、混乱の最中は問題ないかもしれぬが、バルトロス教の教えは未だこの国で民の心を掴んでいる。混乱が治った後には全てが振り出しだ。排除に動く者が現れるだろう……』


 カーラ=ベオーザはそう言っていた。


『特定の宗教を信じてしまった者をその教えから翻意させることは極めて困難か……』


 心の中でそう呟く。日本いた頃でもその認識は強く持っていたミナト。その辺りは歴史が証明している。


 そうしてカーラ=ベオーザは、


『それに一応は当主であるライナルト様の名代ということになってはいるが……』


 そう言ってミナトを前に笑顔を見せた。


『騎士である私は一国の皇帝を相手にを納める能力などないからな?ガラトナ殿と一緒に主であるライナルト様に報告するだけだな』


 のところでイタズラっぽい笑みを見せたカーラ=ベオーザ。エンシェントスライムの発生から始まった全てのことにミナトが関係していることはしっかりと把握しているのだろう。だがそれは不問とするようだ。


 ミナトは『騎士らしくちょっと頑なだけどイイ人である』というカーラへの認識を再確認するのであった。


 そこでミナトが歩みを止め、右の拳を肩の位置まで上げる。事前に取り決めた停止の合図だ。熟練の騎士とベテランのポーター達で構成されている一行はピタリとその動きを止める。


「ミナト……」


 それと同じタイミングでシャーロットが声をかけてくる。彼女も気づいたらしい。


「ミナト殿……、何か……?」


 ミナトの背後から馬上にいるカーラ=ベオーザが声を落としつつ声をかけてきた。


「何者かが街道沿いで息を潜めています。この人数……、おそらくは襲撃でしょうね……」


 こともなげにそう伝えるミナトであった。

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