第586話 帰り道にて

 季節は春、先ほど太陽が沈んだ遠い西の山の端はまだ少しオレンジ色が滲んでいる。吹き抜ける風は春の暖かさと程よい涼しさを伴い心地よい。


 そんな春の宵の口……、


「本当にこれでよかったのでしょうか……」


 そう呟く男性がいるのは街道沿いの野営ができる広場に設置されたちょっとした打ち合わせができるサイズの天幕の中。


 設置されたテーブルの上には本日の夕食であるナポリタンなる料理がどこで調達したのかふかふかの白パンや細長い狐色に焼かれたパンと共に置かれていた。


 金髪碧眼に端正な顔立ちかつやや細身のこの男性は神聖帝国ミュロンドの第三王子であるジョーナス=イグリシアス=ミュロンド。


「私はこれが最善だと思いましたので……」


 彼の対面に座る一人の女性が直立したままそう答える。ややキツめの顔立ちに金髪のショートカットがよく似合う騎士服を纏ったこの長身の美人はルガルア王国ウッドヴィル公爵家の騎士であるカーラ=ベオーザ。


 第三王子であるジョーナスは従者を連れていなかったが現在はウッドヴィル公爵家の執事兼暗殺者と思われるガラトナがその傍に従者のように控えてい。またカーラ=ベオーザの傍にはA級冒険者のティーニュが護衛といった様子で佇んでいた。


 ジョーナスが先ほどのように呟いたのには数時間前に原因がある。


 数時間前……。



 第一王子であるバルナバス=ハルトヴィン=ミュロンドの行動に端を発する一連の騒動は神聖帝国ミュロンドに極度の混乱をもたらした。


 結局、エンシェントスライム大量発生の原因は不明。それに対処しようとした神殿騎士達の大多数が手足を失い神殿騎士として再起不能。第二王子は騒動の中で命を落とし、第一王子は怪しげな魔道具の影響で精神的に不安定。ミオによると完全な回復には長い時を要すほどに重症らしい。第一王子の側近であった神殿騎士達は全員が行方知れず。何らかの兵器が使われたという話は曖昧にはぐらかされた。ファナザの街はアンデッドの襲撃を受け、理由が不明ながらも命令により集まっていた神殿騎士が全員無力化されたという。そして国教であるバルトロス教の教皇リュームナスが皇帝暗殺に加担し、光魔法で葬り去られた。


 以上がシャーロットが教皇の姿を騙った東方魔聖教会メンバーを光魔法の『裁きの光』で葬り去ったのち、あの場でミオに回復させられた皇帝がミナト達へ語った顛末と見解であった。


 第一王子による宣戦布告は闇に葬られており、その他にもあちらこちらで事実とは異なっているというツッコミを入れたくなるようなものであったが、ミナトはその判断をカーラ=ベオーザに一任。カーラ=ベオーザは状況を鑑み、当初の目的である第三王子ジョーナスをルガルア王国へと迎え入れることを優先した。


 その結果、出発時に些細なトラブルはあったがウッドヴィル公爵家一行は星方宮せいほうきゅうを出立……、という形となった。スキルや魔法の才がない者住んでいる第三地区でエンシェントスライムの群に護られるように囲まれ、どうしていいか分からなくなって途方に暮れていた数人の騎士とポーター達とも無事合流を果たし帰国の途についたのである。


 ミナトたちと合流したときエンシェントスライムたちが機嫌よさそうに揺れつつどこかへと行ってしまったことは最後までエンシェントスライムの気まぐれな行動と解釈されたらしい。


 そんな展開ではあったのだが、第三王子であるジョーナスからすれば第一王子は重症、第二王子は死亡という状況では、いかに自身が帝国内で冷遇されていたとしてもこのタイミングで帝国を離れることに抵抗があったようだ。


 それが冒頭の呟きに繋がったらしい。


「ジョーナス様が帝国に残るのはこの場合は悪手ということになるでしょう」


「やはりそうですよね……」


 第三王子であるジョーナスは人質時代にルガルア王国の最高学府である王立学院をぶっちぎりの主席で卒業した優秀な人物である。カーラの短い回答で全てを解し力無く項垂れる。


 ミナトもその辺りの内容は帰りの道中でカーラから教えてもらうことになるのであった。

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