第585話 シャーロットは光魔法で断罪する

「こんなバカなことが……」


 そんな呟きがミナトの耳にも届く。呟いたのはバルトロス教の教皇リュームナス。


 正確には教皇リュームナスを騙る何者かである。


 つい先程までの信じ難い光景の数々を目の当たりにした教皇リュームナスは震える拳を握り締める。その顔に浮かぶのは戸惑いと怒りであろうか……。


「我らの戦力がこれ程までに呆気なく無効化されるなど……」


 続けてそんなことを呟いている教皇に美人のエルフは視線を向ける。


「何を言っているの?貴様の言っている計画なんてこれっぽっちも成功していないわよ?ほら!」


 そう言って教皇に送っていた嘲の視線を普通のものへと変えて皇帝が胸を貫かれたバルコニーへ視線を移すシャーロット。


 そんなシャーロットの態度に苛立ちを見せつつも彼女の台詞が気になった教皇がバルコニーへと視線を送ると、


「まさか偽者が成り変わり、息子達を魔道具で狂わせ、さらには余を排除しようとしていたとはな」


 威厳のある声色の台詞が耳に届き、教皇リュームナスは絶句する。声の主は神聖帝国ミュロンドの皇帝ジョフロワ=フェルダイン=ミュロンドであった。


「そ、そ、そ、そんな……、あ、あ、あの魔道具の刃は……、か、確実にその胸を貫いていて……」


 これまで以上の信じ難い光景に人族の身体をベースにした作り物デコイの口をパクパクとさせながら必死に言葉を並べ立てる。


「どんな傷でも傷であるなら水魔法で治療できる。魔法の常識でしょ?」

「ん。これくらいなら問題ない!」


 シャーロットの言葉にバルコニーからその小さな身体を乗り出してグッと親指を立てるミオ。非常に可愛らしいその姿についほっこりしてしまうミナトであった。


「ま、そういうことで覚悟はいいかしら?」


 獣が獲物に狙いを定めたときの目でシャーロットが言う。その身体から放たれる気迫にはもう誰にも止められないほどに好戦的かつ巨大な魔力に満ち溢れている。


「忌々しいウッドヴィル公爵家のイヌどもめが……」


 地の底から這い出てくるような、という表現がぴったりのトーンでそう言いながら教皇リュームナスがシャーロット睨みつける。


『それはやっぱり訂正したい……』

『いいんじゃない?放っておきましょう。バルコニーいる皇帝とその従者そう思わせることができるのもメリットだわ』

『うむ。公爵家というかルガルア王国が我らのような冒険者をF級として密かに雇っているという形だな……』

『ん。ボクたちは強力な抑止力になる冒険者。それが王都にいる。他国は王都にもっと多くの強い冒険者がいるかもって考える?』

 ふよふよ……。


 そんな念話にミナトはふと思う。


『いつのまにか王都の冒険者が他国への抑止力に……?それにロビンやファーマーさんが冒険者を鍛えているからもっと多くの強い冒険者ってのもあながち間違いじゃなくて……?もしかしてウッドヴィル公爵家やルガルア王家はここまで狙っていた!?』


『ま、あわよくばってところでしょうね。さすが高位貴族ってことでいいんじゃないかしら?』


 そんな念話を楽しんでいると、


「よろしい……、私の負けだ。だが貴様達の力はこの目で確認させてもらった!それを我らがそれを上回ればよいだけのこと……」


 そう言ってきた教皇リュームナスが改めて

 勝ち誇ったかのような笑顔を浮かべる。


「自らの意識から切り離して行動させていた作り物デコイの魔法を解除して得た情報を持ち帰る気かしら?」


 シャーロットの言葉に再度驚愕の顔をする教皇。


「そこまで知っているとは……、ですがもう遅い。最後の勝利は我らが手にあります。引かせてもらうとしましょう。またお会いできる日を楽しみにしていますyい。我らの魔道具と策略で身も心もボロボロにして差し上げましょう」


 無理やり顔を歪めるようにニヤリと笑ってそう言い切った教皇。シーンと周囲が静まり返るが……、立っているだけの教皇とそれと対峙しているシャーロットたち。そこには何も起こらず十数秒の時が流れる。神聖帝国ミュロンドの帝都グロスアークが誇る星方宮せいほうきゅうの広場に少々気まずい空気が流れ始めたとき、


「なぜだ!なぜ解除できないのだ!?」


 そう絶叫したのは教皇リュームナス。


作り物デコイの貴様を逃すわけがないじゃない?」


 こともなげにそう言ったシャーロットがミナトと視線を交わす。その瞬間、口の端で笑って見せるシャーロット綺麗だと思いつつ、


『ここで逃げられるのは困る。経験があったとはいえ上手くいってよかった』


 そう心の中で呟くミナト。


 教皇リュームナスを名乗る作り物デコイ使いの首には完璧に隠蔽された漆黒の鎖が巻かれていた。


 昨冬の折、ミナトはルガルア王国の儀式である『王家の墓への祈り』に赴く第一王女マリアンヌ=ヴィルジニー=フォン=ルガリア、第二王女アナベル=ブランディーヌ=フォン=ルガリアの護衛依頼を受けた。いろいろと揉め事が起こった依頼だったがその中でA級冒険者パーティである『白銀の鈴風』が同じことをやろうとしミナトはそれを阻止していた。


悪夢の監獄ナイトメアジェイル絶対霊体化インビジブルレイスの合わせ技。成功!』


【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイル

 ありとあらゆるものが拘束可能である漆黒の鎖を呼び出します。拘束時の追加効果として【スキル無効】【魔法行使不可】付き。飲んで暴れる高位冒険者もこれがあれば一発確保!


【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイス

 全ての音や生命反応を感知不能にする透明化に加えて霊体レイス化を施せる究極の隠蔽魔法。対象は発動者と発動者に触れておりかつ発動者が指定した存在。発動と解除は任意、ただし魔法攻撃の直撃でも解除される。追加効果として【物理攻撃無効】付き。ま、あると便利でしょ……。


『さすがよ。ありがとうミナト!』


 そんなミナトにシャーロットからのそんな念話が届く。


「では全てが上手くいかなかった絶望と作り物デコイの魔法を使ったことの後悔を抱えて消えなさい!」


 シャーロットの右手から光が溢れる。


「禁忌の光魔法が好きな貴様にはこれがお似合いよ!断罪の光魔法『裁きの光』!」


 その言葉と共に周囲一帯が光によって埋め尽くされるのであった。

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