第582話 どれだけの禁忌を犯せば……

「この国の住民……?」


 眼前に広がる光景にミナトが呟く。ミナトたちが驚愕し立ち竦んでいると思ったのか教皇の姿をした者がさらなる笑みを浮かべる。


「私達とバルトロス教は親和性が高いと申し上げたではありませんか?東方魔聖教会連合は二千年前の大戦の時、人族や亜人がその種を超えて神たる存在に近づくための組織として生まれました。バルトロス教はその考えを根底に人族至上主義を掲げ厳しい戒律の下で生活することでよりよい存在になろうとする。これが神聖な神の試練であると説明したら皆さん喜んで参加してくれましたよ?」


 得意げに最高の笑顔でそう語る教皇リュームナス。


「それにあの第二王子は素晴らしかった。私が教皇になりすましていることなど全く気づかず……、まあ、この身体は教皇の肉体を使って作った魔道具ですから無理もないですが……、こちらから少し技術を提供したらこのような人族と亜人による人形爆弾を作ったのですから」


 自身に酔っているのか祈るような仕草をしながら恍惚の表情で語る姿に吐き気を覚えるミナト。だがここは我慢をする。せっかくペラペラと語ってくれているのだ。情報は欲しい。ルガリア王家や二大公爵家に情報提供したいミナトであった。


 現在のミナトたちは直接的な暴力でどうにかできる存在ではない。ウッドヴィル公爵家の者たちや第三王子の側にはピエールの分裂体が潜んでいる。シャーロット、デボラ、ミオは言わずもがな、ミナトもピエールの外套を纏っている。不快感は酷いが負けるとは思っていなかった。


「それにしてもやはり『道化師ピエロの星屑』に影響を受けた者のコントロールは難しい。第二王子はその創造意欲の暴走を、第一王子は野心の増大を狙っていたのですが……」


 だがお陰で大体のことは掴めたと考えるミナト。


「お前達にとって現皇帝は邪魔だったってことか……」


 ミナトのその言葉に我が意を得たりの表情となる教皇。


「その通りです!この国は世界に住む全ての者にバルトロス教の教えを広めることを国是としてきました。しかし現皇帝はあろうことか世界は一神教ではないと説き、この国の宗教色を弱め他国との交流を強める方針をとった。それではルガリア王国は奪えない。あの豊かな国は私達にとって非常に魅力的なのです」


 ミナトはほんの少し目を細める。だが教皇はそれに気づかず、


「第二王子は死亡。理由は分かりませんが神殿騎士型の魔道具は大半が消失。いろいろと予定は崩れましたが先ほどあの魔道具によって陛下が貫かれたのをはっきり確認しましたからね。あの魔道具による傷は通常の回復魔法では治せません。ここで貴方達を殺し、第一王子に新しい『道化師ピエロの星屑』をプレゼントすれば全てとは言いませんが元通りです!」


 その言葉と同時に魔道具にされた住民達がゆっくりと動き出す。


『あの皇帝を貫いた光は魔道具なんだ……』


 ミナトは冷静に納得する。ちらりとバルコニーへと視線を送る。


「おお!そうです!こう見えても私は慎重派なのです!貴方達がどうやって神殿騎士型の魔道具を大して爆発もさせずに消せたかが分からない!だからこれがその保険となるでしょう!」


 教皇の手にもう一つの水晶が現れ光を放つ。


 地面に巨大な魔法陣が浮かび一体の魔物が召喚された。


「これって……」


 ミナトはその魔物に見覚えがあった。ミナトが平然としていられるのは【保有スキル】『泰然自若』のおかげである。


「ここまでするなんて……」

「うむ……」


 シャーロットとデボラも表情に嫌悪感を滲ませる。


 人族や亜人のレベルで高度に訓練されているはずのウッドヴィル公爵家の騎士何人かが胃の中のものをぶちまけた。カーラ=ベオーザと秘書兼暗殺者のガラトナさんは真っ青になって絶句。A級冒険者のティーニュは彼女の信仰の作法なのか胸で不思議な十字を切る。


 何も知らされていなかったであろう第三王子のジョーナスは只々言葉を失ってその場に立ち尽くしていた。


 彼らの前に現れた魔物とは……、


 下半身は幾種類かの魔物のそれを継ぎ足して造られたかのような縫い目も痛々しい巨大な二本の足で構成され、上半身……、そう言っていいのかすら分からないが、足より上は盛り上がった巨大な肉塊に乱雑かつ巨大な歯を並べた大きな口が一つだけ。そして口がついている肉塊には夥しい数の人族や亜人のパーツがこれでもかと填め込まれている。


「これぞ東方魔聖教会連合の傑作!その名をアニムス・ギアガ!」


 得意満面の笑みでそう言ってみせる教皇だがその笑みは長くは続かなかった。


 爆発的な魔力が美人のエルフから立ち昇る。


「どれだけの無関係な者を犠牲にして、どれだけの禁忌を犯せば気が済むのかしら……。あの大戦で多くの血が流れた。魔王軍と戦いで死んでいった者達はいつか来る平和な日々を夢見て皆最後は穏やかな表情で散っていったわ。だけど同じ人族であるお前達に唆され、裏切られ、泣かされた者達は……」


 そこで言葉を切るシャーロット。


「私は絶対にお前達を許さない!」


 その目には明確な怒りと殺意が宿っていた。

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