第580話 裏で糸を引く者

「これが皇帝を困惑させた息子達のやらかしの原因ってことか……」


 ミナトの右手から顕現した細い漆黒の鎖には美しいネックレスのような装飾品が絡め取られていた。ネックレスを奪われた狂気的に笑っていたバルナバスが意識を失ってその場に崩れ落ち、神殿騎士達がその周りを取り囲む。そんなバルコニーの様子を視界の端に捉えながら、


「『道化師ピエロの星屑』……」


 そう呟くミナトの傍でシャーロットとデボラが頷いてその言葉を肯定する。


 かつてシャーロットはこれを『とてもタチの悪い光属性の魔法を模した魔道具』と評した。


 この魔道具は装着した者の心に作用し、装着者が心の奥底に抱えているが誰にも話せないような劣等感、熱情、慕情、劣情、野望、そういった感情を少しずつ増幅させる。


 清廉潔白と称されるような者ほどその行動が少しずつ歪むことになるらしい。そしてその効果は周囲へと伝染する。組織の長がこれを装着するとその組織は少しずつその方向性を変えていき、それは最後に周囲へ甚大な被害を与えて組織の崩壊へと繋がる。


 長期的な戦略に立って敵対組織を弱体化させることを目的に生み出された魔道具であり、シャーロットによると『この世界に存在してはいけない魔道具』とのことだ。


 ミナトがこの魔道具に遭遇するのはこれで三度目。


 一度目はナタリアたちアースドラゴンに会うため『地のダンジョン』へと潜ったとき……。『地のダンジョン』のある古都グレートピットには腕のよい誠実な冒険者達によって創られたクラン『大穴のカラス』があった。経緯は不明だがそのリーダーがこの魔道具を手に入れたことによって徐々に他の冒険者を虐げる悪辣な組織へと変貌。最後はミナトたちと衝突、冒険者ギルドによって違法行為が摘発されメンバーは捕えられた。


 二度目の舞台はルガリア王国の王都。王国の貴族であるトリリグル侯爵オーバス家の次男、ザイオン=オーバスが所持していた。この者は侯爵家の次男ながら冒険者をしていたのだが、魔道具の影響か素行に問題のある冒険者として知られていた。しばらくの間、謹慎の意味で地方にある領地にいたが王都に戻ってくるや禁忌のダンジョン『みどりの煉獄』へ侵入しダンジョンの氾濫のきっかけを作るという罪を犯している。この時はミナトたちが禁忌のダンジョン『みどりの煉獄』へ潜り事態を解決し結果としてファーマーさんとの出会いに繋がったのであった。


 そしてこれが三度目……、そんな魔道具を生み出したのが、


「東方魔聖教会連合……」


 シャーロットが暗い瞳でその名前を呟く。ミナトが軽く手を振ると漆黒の鎖によってネックレス型の魔道具は粉々に砕け散った。


「貴重な魔道具をそのように雑に扱われては困りますな」


 そんな台詞が広場の中心から聞こえてきた。


『転移魔法?』

『さっきの神殿騎士型の魔道具を喚んだのと同じ魔法だと思うわ』


 そん念話での会話をしつつ声の方へと視線を向けるミナト。そこに立っていたのは一人の老人。その人物を見て僅かに顔を顰めるミナト。


「たしか教皇リュームナス……、動けるようになったんだ?」


 ミナトのその言葉に顔を歪めるようにニヤリと笑ってみせる教皇リュームナス。


「いやはや……、あなた達には酷い目に遭わされました。ヒムリークやブリュンゲルといった手駒を失いましたし、私自身も《これ》の再起動で出遅れてしまいました。しかし皇帝陛下殺害という目的は達成できたのは僥倖とよんで差し支えがないでしょう!」


 と呼んだ自身を指しつつ語る言葉はとてもバルトロス教の教皇とは思えない内容である。


 するとシャーロットが、


「よくできているけどそれも作り物デコイの魔法ね。まさか東方魔聖教会連合の残りカスがこんなところ潜んでいるなんてね」


 そう言い放つのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る