第579話 何かが起こって……

 未だ不透明な防音の結界の中、神聖帝国ミュロンドの現皇帝であるジョフロワ=フェルダイン=ミュロンドとよろよろと何とか立ち上がった第一王子のバルナバス=ハルトヴィン=ミュロンドが対峙する。


「それにしてもお前やヒルデベルトに何があったのだ?お前達には十分な経験があったではないか。余が病に罹った際も政務を任せることに不安などなかった。そして任せた以上は些細なことで口出しなどするつもりはなかった。病の悪化もあったがな。その結果がルガリア王国へ手出しとあの兵器の研究とは……」


 現皇帝が怒りなのか落胆なのか惜しいという気持ちなのか……、そんな複雑な感情が絡まったかのような視線と共にそう問いかける。


「私は……、私は……」


 俯き拳を握りしめ、肩を震わせながらそう口にするバルナバス。


「何だ?この場には余とお前の二人のみ。今なら話だけは聞いてやる」


 ほんの一瞬だけ声色に父親の優しさを垣間見せた現皇帝がそう言ったとき、


『マスター!魔力の反応です!』


 突然ピエールがそんな念話とともに皇帝と第一王子の足下で盗み聞きをしていた分裂体からの映像をミナトたちに届けてきた。


『おう!?』


 いきなり脳内に映像が浮かび声は出さなかったものの、とってしまった驚きのリアクションにカーラ=ベオーザやティーニュが首を傾げる。


 ちなみにシャーロット、デボラ、ミオといったメンバーは微動だにしていない。この辺りは流石である。


 リアルタイムで送られてくる映像には、


『私は……、わたし……、ワタシハ……、ワ、ワタ……、ワタ……、シ……、ハ……』


 そんなカタコトの言葉と共に白目を剥き痙攣したかのように震え出す第一王子のバルナバス。


「バルナバス!?どうしたのだ?」


 驚いた皇帝がバルナバスへと近づいた瞬間……、第一王子バルナバスの右手から伸びた光が皇帝ジョフロワ=フェルダイン=ミュロンドの胸を貫いたのである。


「それはダメだ!ピエール!結界を内部から破壊!皇帝を助けろ!ミオ!皇帝を治して!絶対に死なせちゃダメだ!」


 突如としてバルコニーで展開されている結界を見上げそう声を張り上げるミナトにウッドヴィル公爵家の者達や第三王子のジョーナスは呆気に取られるが、ピエールとミオの判断は素早い。


『結界を破壊しマス〜』

「ん!了解!行ってくる!」


 瞬時に結界が弾け飛びそこには第一王子のバルナバスが皇帝の胸を光で創られた長剣のようなもので貫いている姿があった。


 ミオは信じられないほどの敏捷性と跳躍で瞬きするほどの間にバルコニーへと到達した。


 同時に虹色のスライムが皇帝と第一王子の間に顕現し、器用に第一王子を弾き飛ばす。すると皇帝の胸を貫いていた光の剣が消失した。


 仰向けに倒れ込む皇帝をその小さな身体で難なく受け止めたミオが即座に水属性の回復魔法を展開する。エンシェントスライムが何人も邪魔ができないようその周囲を取り囲む。


「ワタシハ……?へ、ヘイカヲ……、ア……、アハ……、アハハ……、アハハハハ……」


 狂ったように甲高い笑い声でバルコニーに残されたバルナバスが笑い続ける。皇帝に付き従っていた神殿騎士達が取り押さえようと飛びかかるが、


 バチッ!!


 どうやら魔法的な障壁がバルナバスの周囲を覆っているらしく衝撃音と共に神殿騎士達は弾き飛ばされ近づけない。


「あれは魔法のようですね……」

「何かが起こっているということか!総員!不測の事態に備えよ!任務も終盤!こんなところで欠けるのは許さんぞ!」


 ティーニュの言葉に呼応するかのようにカーラ=ベオーザがウッドヴィル公爵家の騎士達に檄を飛ばし、即座に反応した騎士達が体勢を整える。第三王子のジョーナスさんには騎士に加えて執事兼暗殺者のガラトナさんが護りに就くようだ。


「あれはまともな状態じゃない……、なにが……?」


 笑い続ける第一王子に視線を向けるミナトがそう呟くと、


「ミナト!分かったわ!あのバルナバスとかいう王子の胸元よ!魔力を探るの!あの障壁が現れてやっと気づけたわ!」

「うむ。我もまさかとは思ったが……。かなりの隠蔽技術であったがこの状態であればマスターにも感じられると思うぞ?」


 シャーロットとデボラに言われてミナトはバルナバス周囲の魔力に注目する。


 胸元から感じる僅かな魔力に反応は覚えがあった……、それはとてもイヤな感じがする魔力でて……、


「そういうことか!」


 シャーロットやデボラが飛び出すよりも早く、ミナトの右手に顕現した漆黒の鎖がバルコニーのバルナバスへと向かう。


 パリン……。


 障壁など問題にしない漆黒の鎖が凄まじい勢いでバルナバスの首へと巻きつき……、次の瞬間には漆黒の鎖はミナトの手元に戻っていた。


 その漆黒に鎖は美しいネックレスのようなものが絡み付いているのだった。

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