第578話 貴様はどうする

「陛下……、私はどうすれば……」


 バルコニーの床の上に仰向けでそう呟く第一王子を冷徹な目で見下ろす現皇帝。


「ウッドヴィル公爵家から宣戦布告という言葉まで使って使節を害しようとしたということで賠償金の請求があるだろう」


 そうして現皇帝はため息をつく。


「もし貴様の言ったようにそんな証拠はないと拒否すれば、ルガリア王国は我が国との相互不可侵の友好条約を破棄しその日から敵国となるだろう。かの国とはクラレンツ山脈を国境としておりそこにあるのは細い街道が一つのみ。武力行使にでるとは思わん。だが我が国が外交を行うにあたってルガリア王国が敵国というのは全てにおいて極めて不利に働くのだ。そんなことは許容できぬ」


「では金を……?」


 それであれば何とかなるとでも思ったのか第一王子のバルナバスがおそるおそるそう問うと、


「愚か者め!貴様のこれからの話をしているのだ!余はルガリア王国は甘くないと言わなかったか?間違いなく我々が条件を追加して減額を願わなければならない金額を請求するだろう。その条件は……」


「条件……?」


 そう問い返す第一王子に現皇帝は表情を動かすことなく、


「やはり貴様の廃嫡が妥当であろうな」


 いとも簡単にそう断言した。


「廃嫡……?」


 あまりにも冷静な口調で聞かされたためすぐには理解が追いつかなかったバルナバスだが、その言葉の意味を理解し驚愕に表情を浮かべる。


「帝位が世襲ではないことは貴様も知っているだろう。今回の騒動でヒルデベルドも死んだとの報告を受けておる。第二王子を亡くした現状と責任を取らせるため第一王子の廃嫡、これがあれば減額の交渉にも応じてくれ……、いやあの王家であれば貴様のような愚か者に国を差配させる方が組み易しと考えるかも知れぬが……」


 第二王子であるヒルデベルト=カスパール=ミュロンドは研究所に現れたエンシェントスライムの暴走に巻き込まれ死亡が確認されたと報告されていた。


 現皇帝はさらに冷徹な視線を第一王子に送りつつ、


「貴様が毒拝を仰ぐという手もある」


 そう言い切った。


「へ、陛下……?」


 何を言っているのか分からないといった様子でバルナバスはそう呟くのがやっとだ。


「何も不思議ではない。廃嫡なら残りの生涯は日陰の身での軟禁生活といったところだが貴様が自らの失態を詫びて毒杯を仰ぐというのであれば余がその名にかけてその死が誇り高い名誉ある死であったと記録しよう。エンシェントスライムの出現という事故で第二王子を今回の不祥事で第一王子を失ったということにすればルガリア王国も減額の交渉に応じるであろう?」


 こともなげにそう言ってみせる父親であり現皇帝でもあるジョフロワの姿。昔から聞かされていた帝位の重みと実の父が帝位を手にするまでに行ってきた謀略の数々を思い出しその身を震わせるバルナバス。


 そんな息子から視線を外した現皇帝は、


「余はバルトロス教の象徴。それ故にあまり過ぎたことは言えぬがヒルデベルトの研究は行きすぎたところが確かにあった。何か高位の存在の怒りに触れたというカーラ=ベオーザの言葉は正しいのかも知れぬ……、そしてルガリア王国がそれに関与している……」


「陛下!それは……」


 慌てて身を起こしそう声を上げるバルナバス。バルトロス教は魔物を駆除すべき不浄のものと定義し知性ある存在とは認めていない。エンシェントスライムを操ることができる存在など認めるわけにはいかないのだ。


「現実を見ろ!貴様はクラレンツ山脈に封印されたアンデッドを使役し、ルガリア王国を侵略するという妄想実現のために神殿騎士をファナザの街に集めた。そこをアンデッドが襲撃したというではないか!ここグロスアークでのエンシェントスライムの出現とファナザの街での襲撃をただの偶然などと片付けられるほど余は楽観的ではない!」


『それで貴様はどうする?』


 鋭い言葉と共に言外にそんな言葉が重ねられている視線を向けられ、身を固くするバルナバス。


「……ということを話していマス〜」


「相容れない思想の持ち主だけどあの皇帝って為政者としてまともなのかも知れない……」


 全てを皇帝と第一王子の足下で聞いていたピエールから伝えらそんな感想をもらすミナトであった。

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