第577話 第一王子バルナバスの愚昧

「余はお前に何と言った?」


 不透明な防音結界の中、蹲る第一王子を見下ろしながら神聖帝国ミュロンドの現皇帝であるジョフロワ=フェルダイン=ミュロンドが冷徹な口調で問いかける。


 その言葉に蹲った状態の第一王子バルナバス=ハルトヴィン=ミュロンドがその身を震わせた。


「もう一度だけ問うとしよう。余はお前に何と言った?」


 そんな皇帝の言葉に、


「ルガリア王国には手を出すなと……」


 第一王子の声は震えている。それは皇帝への恐怖のためか、この事態を招いた自身への不甲斐なさのためか、それとも策をことごとく打ち破ったミナトたちへの怒りのためか……。


「分かっておるではないか。もはや生きているかも分からぬアーべラインにも病床から念を押したはずなのだがな……」


 ゾッとするほどの冷たい声色に蹲ったまま身をすくめるバルナバス。


「ルガリア王国は大国だと……。彼の国は経済の要所も多く豊かで、騎士は強く、冒険者にも優秀なものが多い……。この国をそんな大国と対峙させることはできぬとな……」


 そうして現皇帝は第一王子の襟首を掴むと強引に持ち上げその背を結界にへと叩きつける。身体強化の魔法を使用しているのであろう。老齢とは思えぬ素早く力強い動きだ。


「グ、グエ……、へ、陛下……」


 喉を押さえつけられたバルナバスが呻くがジョフロワは力を緩めない。


「個の能力を重視するバルトロス教は世襲という制度にそこまで重きを置いてはいない。だから貴様が帝位を手に入れるためにはその能力や結果で周囲を認めさせる必要がある。そのことは余も承知している。余に対する暗殺も謀略も認めるのはそのためだ。他国であれば東側の小国群、海沿いの都市国家に仕掛ける程度なら余も見過ごすのだが……」


 バルナバスの真っ青な顔が土色に変わりつつあるが現皇帝は腕の力を緩めない。


「お前には教えたではないか……。バルトロス教の教えは尊いものだがこの世界はその教えだけで成り立つものではないと……。ルガリア王国がまさにその最たる例なのだと!」


 現皇帝の言葉に第一王子がその目に非難の色を浮かべて睨み返す。


「け、計画は……、順調で……、グギギ……、ゲゲ……、あの……、あの冒険者さえ……」


 辛うじてそう言い返す第一王子。ミナトたちが予想外の存在であったと言いたいらしい。そんな息子へはっきりと侮蔑の視線を送る現皇帝。


「F級冒険者のことは余の耳にも届いた。全て貴様の責任だ!ウッドヴィル公爵家がただのF級冒険者をこの一団に組み込むわけがなかろうが!」


 そう言って現皇帝は第一王子をバルコニーの床に叩きつける。嘔吐えずきながらも呼吸できることを必死に確認する第一王子を見下ろして、


「あの者と連れている女はただ者ではない!エンシェントスライムも……、全滅した貴様直属の騎士もあの兵器も……、報告を受けたファナザの街に現れたアンデッドもおそらく全てあの冒険者が何か関係しているのであろう。だがそんな出鱈目な能力を誰が信じる?我らはカーラ=ベオーザとティーニュの言葉を否定することはできんのだ」


「で、ですが広場の神殿騎士は全滅しました。宣戦布告は証拠がありません!」


 必死に言い繕う第一王子だが、


「愚か者め。もはや事実などどうでもよい状況なのだ。事実はどうであれカーラ=ベオーザもティーニュもこのことをウッドヴィル公爵に伝えそれはルガリア王家に届く。それが真実としてな!」


 その言葉に今更ながらに自身の過ちの大きさを自覚する第一王子であった。

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