第576話 皇帝と第一王子

 ミナト、シャーロット、デボラ、ミオ、そして現在もミナトの外套マントになっているピエールはウッドヴィル公爵家の騎士であるカーラ=ベオーザによる貴族の受け答えに感心している。


「ルガリア王国への宣戦布告だと……?ベオーザ卿……。その話は真か?」


 信じられないといった様子で呟きつつカーラ=ベオーザにそう問い返す皇帝ジョフロワ=フェルダイン=ミュロンド。


「は。騎士の誇りにかけて嘘偽りはございません。」


 跪拝したままのカーラ=ベオーザがそう答える。


「陛下。わたくしもその場におりました。ベオーザ様の言葉に嘘はございません」


 そんな台詞でカーラ=ベオーザを援護するのはA級冒険者のティーニュである。A級冒険者は各国に数人ずつしかいない超一流の冒険者であり王族や高位貴族と懇意にしている者も多い。


「ティーニュ!?現在はルガリア王国で活動していると聞いていたが、此度のベオーザ卿に帯同していたとは……」


 現皇帝のジョフロワもティーニュのことは知っていたらしい。


『ティーニュさんもやっぱり有名人なんだ。かつて神聖帝国で依頼を受けた時の扱いが微妙だったから、あまりこの国のことが好きではないと言っていたけど皇帝からの信は得られているようだ』


 バルコニーに立つ皇帝と跪拝するティーニュをちらりと見比べつつそんなことを考えるミナト。


 すると皇帝が、


「ティーニュよ。そなたもベオーザ卿の言葉に嘘がないと申すのか?」


 とティーニュに問い、


「はい。わたくしも全てを見ていましたので……」


 そう返すティーニュ。


「ふむ……」


 神妙な面持ちとなり考える様子を見せながら息子である第一王子のバルナバス=ハルトヴィン=ミュロンドへと向き直る皇帝。


『うわ……』


 周囲に神殿騎士がいないのをいいことにちら見していたミナトが心の中でそう呟く。


 面持ちこそ神妙だが皇帝の額には今もなお青筋が浮かんでいるし、握り込んだ右の拳が僅かに震えているのは怒りを我慢しているとしか思えなかった。


「バルナバスよ。ベオーザ卿とA級冒険者のティーニュがこう申しておる。我が国が王国へ宣戦布告を行ったと……。そなたは余に何か申し開きはあるか?」


 努めて穏やかな口調で皇帝がそう第一王子へと問いかけた。


「へ、陛下!わ、私は陛下より全権を委任され政を行って参りました!これは私がこの国のためを思い……」


 第一王子のバルナバスの言葉はそこで途切れた。現皇帝であるジョフロワの右拳がバルナバスの顎を捉えたのである。


 背も高く筋骨隆々で逞しいバルナバスだが小柄かつ老齢な皇帝の一撃によってその場に沈む。


 それと同時に皇帝の腕輪が光を放ち不透明な結界が二人を包み周囲の環境から切り離した。


『不透明な防音の結界を発動する魔道具ね』

『うむ。王族にはああいった魔道具が便利なのだろうな。それにしてもあの皇帝、身体強化の魔法を使っていたぞ?』

『ん。人族ではなかなかの使い手……』


 シャーロットたちの念話に混じって、


『そろそろ帰りたくなってきた……。転移テレポの使用を前向きに検討したい……』


 ミナトが帰還について考え始めたところで、


「皇帝陛下が我が国への対応を決めるだろうからそれを伺って帰還するとしよう」


 カーラ=ベオーザが立ち上がりつつ笑顔でそんなことを言ってくるのであった。

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