第575話 皇帝の登場とカーラ=ベオーザ

 シャーロットによる凄まじい魔法の結果、神聖帝国ミュロンドが誇るバルトロス教の総本山たる星方宮せいほうきゅうの広場に残されたのは、多数の巨大な虹色のスライムとミナトたちを含めたウッドヴィル公爵家の一行のみ。


 ちなみにA級冒険者のティーニュとカーラ=ベオーザ以下全メンバーは既にピエールの分裂体から『ぺっ』という効果音が相応しい動きで吐き出されて無事である。


 そんな彼等を見下ろせるバルコニーでは神聖帝国ミュロンドの第一王子であるバルナバス=ハルトヴィン=ミュロンドが呆然と立ち尽くしていたのだがそこにもう一人の人物が登場した。


 豪華な法衣のようなものを纏った老齢の男性である。その装いは昨日、ピエールが見せてくれたバルトロス教の教皇が纏っていたものより数段豪奢な造りであった。


 顔には年相応の年輪が刻まれている。しかし小柄ではあるがその体躯は剣か槍か、何らかの武芸を修めた者を連想させるほど筋肉質で引き締まって見えた。


『病身でベッドに寝ていた時は随分とやつれていたけど……』

『弱っていたので回復に時間がかかりマシタ〜』


 ミナトの念話にピエールがそう返してくる。


「いま一度問おう!何があったのだ!」


 老齢を感じさせぬ雄々しい声が広場に響く。


 神聖帝国ミュロンドの現皇帝であるジョフロワ=フェルダイン=ミュロンドが登場したのであった。


『本来なら第一王子か第三王子に状況を説明してもらいたいところだけど……』


 ミナトがそんなことを思っていると、


「陛下、このような形でご拝謁を賜ることになりましたことをお詫びします」


 直ちに跪拝してそう言ってのけるのはカーラ=ベオーザである。ティーニュも騎士達も第三王子もそれに倣う。一拍遅れてミナトも跪拝する。


『お願い!』


 というミナトからの念話でシャーロット、デボラ、ミオも同じ行動をとる。三人にとって人族の皇帝などに頭を下げる謂れなどないがミナトの言葉に素直に従ったという形だ。


「おお!ベオーザ卿!久しいな!昨日は謁見の間に赴くことができず失礼した。してこの騒ぎはいったい何が起こったのだ?」


 カーラ=ベオーザは頭を上げることなく、


「一切の嘘偽りも、隠し事もなく申し上げるのであれば……」


 そう切り出して全てを語った。


 先ず、第三王子のジョーナス=イグリシアス=ミュロンドと共にルガリア王国へと帰還しようとしたところに第一王子であるバルナバス=ハルトヴィン=ミュロンドが姿を見せた。


 第一王子によるとカーラ=ベオーザ達にリュームナス教皇、ブリュンゲル枢機卿ら二名の暗殺を企てた嫌疑がかけられているのだという。


 そして第一王子はその行為を帝国への先制攻撃だと判断し、ルガリア王国との不可侵条約の破棄とルガリア王国への宣戦布告を決めた。


 カーラ=ベオーザがここまで語ったところで現皇帝の額に『ビキッ』という効果音付きで青筋が走ったのをミナトはちらりと見上げて確認する。


 顔を上げていないカーラ=ベオーザはそれに気付くことなく話を続ける。


 第一王子によると下手人は既に捕えられているとのことだった。しかし嫌疑をかけられたウッドヴィル公爵家の一行に離脱した者など一人もいない。これは明らかな冤罪であった。


 しかし第一王子はそれを認めず、神殿騎士に命じてウッドヴィル公爵家の一行を捕えようとした。あまつさえ神殿騎士に抜剣を許可したのは許されない行為である。


 だがウッドヴィル公爵家の騎士達がそれに応じて抜剣する前に異常事態が発生した。突如としてどこからともなくエンシェントスライムの大群が出現したのである。


 ウッドヴィル公爵家の一行は対エンシェントスライムの基本に則り何もしなかったが攻撃した神殿騎士が反撃にあった。


 その混乱の最中、第一王子の側近であるボニハーツら新手の神殿騎士達が登場し、水晶型である何らかの魔道具を使用した。


 ここでカーラ=ベオーザは神殿騎士型の人形に関して何も言及しなかったが皇帝はその魔道具がどのようなものであるか理解したらしい。


 さらなる『ビキッ』という効果音付きで皇帝の額に新たな青筋が走る。国家機密である兵器をあろうことかルガリア王国の使者へと勝手に使用したことに関して怒り心頭な様子の皇帝陛下。


 そんな皇帝の様子を気にすることなくカーラ=ベオーザはその行為がということにして、全ての神殿騎士達が姿を消し、ボニハーツもとても言葉できないような状態となって消滅したと説明した。


『どの辺が一切の嘘偽りも隠し事もない説明なのか分からないけど……』

『こういうところが貴族よね』

『うむ。さすがは公爵家の騎士と褒めておこう』

『ん。貴族らしい対応!』

 ふよふよ。


 カーラ=ベオーザのある意味で極めて貴族らしい対応に感心するミナトたちであった。

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