第552話 国境の街ファナザとバルトロス教

 ミナトたちを含めたウッドヴィル公爵家の一行は国境の街であるファナザの大通りを移動している。


 A級冒険者であるティーニュによると、現在ミナトたちが移動しているスキルや魔法の才がない者住んでいる画一的な地区は第三地区と呼ばれており、街の中に存在する第二の城壁で区切られた内部には特殊なスキルや魔法の才がある者が暮らす第二地区、貴族やこの街の領主が暮らす第一地区があるという。


『この構造が神聖帝国ミュロンドに築かれた街のデフォルトっていうんだから……』


 その階級社会のありようにぐったりとしながら心の中でそう呟くミナト。


 この世界ではグランヴェスタ共和国のような貴族がいても合議制に近い政治を行っている国もあるのだが、大半は貴族がいる階級社会だ。現にミナトが快適に暮らしているルガリア王国も王政で貴族社会がある。


『グランヴェスタ共和国の合議制はきっとヒロシって転生者の影響だ。そしてルガリア王国はここまでの差別はしていない……。この地区の人達って明らかに搾取されすぎな感じだけど我慢できているのかな……?』


 奇妙な程に画一的な街並みを眺めながらそんなことを考えるミナト。


「この地区の住民といいますか……、もはやこの街ですね……。この国の主要な街には敬虔なバルトロス教信者しか住んでいません。滞在は可能なのですが定住を許していないのです」


 ミナトの心を読んだかのようにティーニュがそう説明する。


「そうなんだ……。特殊なスキルや魔法の才がなくても信じちゃうんだ……」


 ミナトの呟きにフードを被ったまま頷くティーニュ。


「第三者から見れば特殊なスキルや魔法の才を持つ者を優遇するのがバルトロス教です。ですがその教えはそんな才を持たぬものにまで浸透していまして……。その教えによるとバルトロス教の教えを信じてこの地区での苦しい生活を耐えた者には神が祝福としてスキルや魔法を授けてくれるとか……」


 ティーニュが教えてくれる。


『なにその詐欺っぽい内容?でもそれを信じているからこそこの国が成り立っているのか……?』

『宗教を信じても神官っぽいスキルくらいしか手に入らないんじゃないかしら?』

『うむ。それにスキルはマスターのようなデタラメな存在でもない限りその人生に大きな影響を与えるわけではないのだがな』

『ん。そして魔法はファーマーさんが教えるくらいしか新たに魔法が使えるようにはならない!』


 ミナト含めた全員がバルトロス教に抱く印象はもはや不信感以外のなにものでのないのだが……、


『搾取されているだけなのにきっとこの地区の住民はそのつらさを神の祝福へと至る道とかって感じているとしたら……。これは根深い。よかれと思ってこの国とバルトロス教を潰したら思いっきり恨まれるパターンのやつや……』

『バルトロス教を滅ぼしたら生きる意味を失った大量の難民が生まれかねないわね。ここまで来ると私でも無茶な魔法とかを使わない限り考えを変えることは難しいし……、それはちょっと遠慮したいわね』

『うむ。ここまで来ると外部からの説得には応じまいよ』

『ん。この国がどうなるかは分からないけどボクたちはこういった時は静観を決め込む』


 前の世界における宗教の影響力は知識としては知っていたミナトだがこう目の当たりにするとその対応の難しさに困惑するのであった。


 そんなことを話していると第二の城壁が随分と近づいてきた。


「当初の予定通りお前達はポーターと共に宿へ。明日の日の出に東の城門で落ち合うとしよう。我らはあちらの区画で宿を取る。会えるかは分からぬがここの領主殿に形ばかりでも挨拶をせねばな」


 そう騎士達へ指示を飛ばすカーラ=ベオーザ。今回この一行に帯同しているのは騎士が三十人とポーターが十人。ウッドヴィル公爵家の執事兼元暗殺者らしいガラトナさん。A級冒険者のティーニュ。ミナトたち『竜を饗する者』はピエールを入れて五人。そこにカーラ=ベオーザを加えた総勢四十八人の所体である。


 そのメンバーにおいてどうやら騎士の内の二十人とポーターの十人が特殊なスキルや魔法の才がない者達らしい。彼等とはここからは別行動だ。


「予定通りミナト殿一行とティーニュ殿も今回は第二地区にある宿に我等と共に滞在して頂く」


 カーラ=ベオーザの言葉に以前からその話を聞いていたミナトとティーニュは同意を示す。そうして城壁に造られた威圧的な門から内側へと入ると検問所のようなところが視界に飛び込んできた。時間がかかるのか検査に多少の行列ができている。


「それと第二地区へ入る際の検査ではあまり目立つ行為は控えて頂きたい。目立つ才能を持つ者をこの国は積極的に取り込もうとするのでな……」


 小声でカーラ=ベオーザが言ってくる。その言葉に突如として先ほどのフラグ的発言を思い出すミナト。こういった場合の典型的なトラブルというと……、


『シャーロット!君とデボラとミオの顔に認識阻害インヒビションの魔法を!嫌な予感がする!』


 才能ある絶世の美女が貴族とかに絡まれるのはまさに異世界あるある。これは回避できたと思ったミナトだが、


『ミナト、それはやめた方がいいわ。あそこに設置されているのは使われた魔法を判定できる魔道具だと思う。認識阻害インヒビションの魔法は高度な魔法に分類されるからきっとトラブルになるわよ?』


『これはやってしまったか?』


『うむ。マスターよ!何かあれば我が燃やす尽くすのみ!』

『ん。ボクも凍りつかせてみせる!』


 ミオだけでなくデボラからも好戦的な発言が登場してしまう。


『いや……。それだけはダメだからね?』


 二人を諌める念話が虚しく響くのだった。

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