第550話 クラレンツ山脈を越えて
ルガリア王国の東端であるバウマン辺境伯領を後にしたウッドヴィル公爵家一行は神聖帝国ミュロンドを目指して様々な樹々が生い茂るクラレンツ山脈内に穿たれた街道を進んでいた。
クラレンツ山脈の街道を進んで今日で四日目。予定通りに行けばクラレンツ山脈を七日で越えることになっている。
今日でおよそ行程の半分。バウマン辺境伯の話では最高点を越えたところからは神聖帝国ミュロンド国境の街ファナザを望めるということだ。
季節は春真っ只中であり、陽光は暖かく、常に気持ちの良い風が吹いている中での移動はとても快適で、
『ふわ……、こんなに気持ちがイイ日はゆっくりとお昼寝とかが最高なのよね……』
春の陽光に照らされて輝くその美しい金髪を風に靡かせ気持ちよさそうにしているシャーロットから念話が届く。
一応、周囲を警戒しながら進む騎士達に配慮をしてくれたのか言葉にはしていない。今回のミナトへの依頼内容は厳密にいえば神聖帝国ミュロンドの第三王子であるジョーナス=イグリシアス=ミュロンドがルガリア王国へと移動する際の護衛である。
そのため往路における魔物への対応は契約外であり騎士達がそれに対応することになっているのだが……、これまでの道中で襲ってくる魔物は想像以上に少なく種類も弱いものが大半であった。なぜなら……、
『クラレンツ山脈には剣呑な魔物が多いから山越えは大変……、か。本当ならもっと騎士の人達も疲弊するのだけど……』
『うむ。マスターよ、今回はマスターの気遣いが正解であると我は思うぞ。恐らく帰路こそ騎士達の活躍が必要となるであろうからな』
『ん。ボクもそう思う。騎士達には元気でいてもらわないと!』
そんな念話をデボラやミオと交わしているミナトが原因である。
『お任せくだサイ〜』
いや、正確にはミナトの指示を受けたピエールが原因だ。
有能なスキルの持ち主や魔法の才に恵まれた者を厚遇する強い選民思想がある神聖帝国ミュロンド。そんな帝国が国教と定めているのがバルトロス教。その教義において魔物は滅ぼすべき不浄の存在とされている。
どこをどうとってもミナトにとってはお付き合いを遠慮したい国である。
そんな国の神殿騎士であるブランディルと名乗った騎士が色々とやらかしたことを考慮した結果、第三王子のジョーナスを連れた帰路はどう考えても厄介ごとが起こると判断したミナト。魔物が少ないことを多少なりとも怪しく思われたとしても往路における騎士達の体力が温存された方がよいと判断し実行に移ったのである。
現在、ウッドヴィル公爵家一行を大きく取り囲む形で夥しい数のピエール分裂体が展開されており、多くの魔物を斃している。周囲の樹々が高いため空を飛ぶ魔物も樹上の分裂体による酸弾で悉くが撃ち落とされ公爵家一行には届いていなかった。
あまりに魔物と遭遇しないのも怪しまれると思いゴブリン、コボルト、オークといった魔物を多少は通しているが話に聞いたクラレンツ山脈越えとは比べることができないくらい楽な道程となっている。
「ふむ……。行程が楽であることはよいことではあるのだが……」
一団を率いるカーラ=ベオーザがそう呟くと、
「魔物がマルトンの砦へと押し寄せる現象や瘴気の発生がありましたからね。魔物の生態にも変化があったのではないでしょうか?」
年嵩の騎士がそう返し、
「そうであれば嬉しい誤算ということでこのまま進みたいところです」
A級冒険者のティーニュがそう言ってくる。
『カーラさんとティーニュさんはおれ達が何かしているって気づいているかな?』
『でしょうね。でも止めないところをみると文句はないんじゃない?』
ミナトとシャーロットがそんな念話を交わしつつ一行は尚も歩み進めしばらくして最高点越えたのかゆるい下り坂となったところで、
「あれは国境の街ファナザか……」
ミナトはその視界に大きな街を捉えるのであった。
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