第544話 ミナトのBarでカクテルを

 ミナトはシャーロットとカルヴァドスを提供してくれたアンデッドの代表である漆黒のスケルトンの前にミナトはジャック・ローズ、その最初の二杯を差し出す。


 夜の帷が降りたクラレンツ山脈における森の中、煌々と焚かれる篝火に照らされる鮮やかな赤いカクテルで満たされショートグラスは一段と絵になる光景だ。


「これがジャック・ローズなのね。綺麗な赤が素敵なカクテルだわ。頂くわね?」


「コレガカクテル……、コノ名前ガジャック・ローズトイウノデスネ……。頂キマス……」


 そうして二人がカクテルを味わう。


「美味しい……。酸味があってカルヴァドスの香りもあって……。甘酸っぱい味わいだけどグレナデンシロップの甘味は抑えてミナトがよく言っているドライ辛口な感じにしているのね?」


「ああ。もともとそこまでドライ辛口なカクテルじゃないし、甘くすることもできるけど、おれとしてはお酒を感じるちょっとドライめの方がカクテルって感じがしていいかなって思っているんだよね」


『カクテルがお酒である以上はジュースっぽく造るのはちょっと違うって思うんだよね。そういうオーダーなら別に問題ないのだけど……』


 シャーロットに笑顔で答えつつそんなことを考えるミナト。バーテンダーとしてお客様から特定のカクテルをもっと飲みやすくというオーダーがあれば可能な限り対応するミナトだが、自身が好きにカクテルを造ってよい場合には今回のジャック・ローズのようにお酒を感じられるドライめの造り方を好むミナトである。


「華やかな見た目香りに甘酸っぱい引き締まった味わい……、とても素敵なカクテルね。ミナト!美味しい!このカクテルもとても好きな味だわ」


 とびっきりの笑顔でシャーロットが言ってくる。


「気に入ってもらえて何よりです。おれが元いた世界でも人気のあるカクテルだったんだよね……」


 そんな会話を交わしている二人の横で固まっていた漆黒のスケルトン。そんなスケルトンが動き出す……。


「コレガジャック・ローズトイウ名カクテル……。私ガ知ッテイル林檎酒ヲ蒸溜シタ酒ノ特徴ハ確カニ存在シテイルガ、加エラレタ他ノ材料ノ影響デ新タナ味ワイノ酒ニナッテイル……。ソシテ……、コレハ美味イ……。コノ香リト酸味ノ組ミ合ワセガ絶妙デ……」


 そんなことを呟きながらきっちりと三口で飲み干してしまう漆黒のスケルトン。


『いい飲み方をする……』


 ショートカクテルだらか必ず三口で飲めなどとは言わないミナトだが、ショートカクテルという名前の通りに短い時間で飲んでくれることは嬉しく思うのだ。


「マスター!モウ一杯ヲ所望シテモ……?」


 そう言ってくる漆黒のスケルトン。スケルトンなので表情は分からないがどうやら気に入ってくれたらしい。


「ミナト!私ももう一杯頂きたいわ!」


 シャーロットも言ってくる。二人に頷いて新たにジャック・ローズを造ろうと用意を始めると……、


『じーーーーーーーー……』


 周囲からの視線を感じるミナト。周囲を確認すると、とても熱い視線を送ってくるデボラ、ミオ、ナタリア、オリヴィア、ピエール、ロビンといったいつものメンバーに加えて、実に興味深そうな表情をしているファーマーさんがいた。さらにはなんとも羨ましそうな視線を騎士団長であるはずの漆黒のスケルトンに送りまくっているアンデッド騎士団の皆様……。


 この状況ではシャーロットと漆黒のスケルトンのためのもう一杯ジャック・ローズを造ることはミナトであっても困難である。


「えっと……、人数が多いから順番になるけどみんなも……、ジャック・ローズ……、飲む?」


 即座に全員が敵を屠る剣速以上の速さで挙手をしたのは仕方がないことだったのかもしれない……。


「うむ。我が里にもグラスがあったはずだ。この人数であるからマスターの収納レポノにあるグラスだけでは足りぬだろう?」

「ん!ボクも里に取りに行ってくる!」

わたくしも里からグラスを持ってきます〜」


 デボラ、ミオ、ナタリアがそう言って各自の里からありったけのショートグラスを持ってきてくれる。


「氷は私に任せてちょうだい!」


 シャーロットが張り切り、


「洗い物をお手伝いします!」

「ワタシも〜」


 オリヴィアとピエールも手伝ってくれる。


「では吾輩と生み出す魔物でカクテルを運ぶとしよう!」


 ロビンと彼女が生み出す魔物がホールを担当してくれるようだ。グラスを持って帰還したデボラたちもそこに加わる。


 そうしてアンデッド軍団をお客様に迎えたミナトのBarがここに顕現したのであった。


 その結果……、


「ミナト様ニハゴ慈恵ヲ賜リ……」


 そう言う漆黒のスケルトンを先頭に改めてミナトの前に跪くアンデッド騎士団。彼らに全身がうっすらと光り輝くのを呆然と見つめるミナトであった。

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