第543話 ジャック・ローズ完成

「うむ。ブランデーの香りも素晴らしかったがこのカルヴァドスというのもまたよい香りのする酒であるな。リンゴは我が里でも収穫できるがそのままで十分美味いからな。酒造りに用いるというところまで我らは考えが至らなかった……」


「ん。そこはボクも同じ。ボク達も貴腐ワインとかリンゴを使ったお酒の知識はなかった」


「こちらも本当に美味しいですね〜。造り方はウイスキーやブランデーに近いです。どうやら林檎酒……、マスターのいた世界でシードルと呼ばれるお酒が大陸の北方にあったようですね〜。それを蒸溜したものがこのカルヴァドスということでした〜。わたくしも一般的な果実であるリンゴを使用するという発想に至らずお恥ずかしい限りです〜」


 カルヴァドスの味を確かめつつレッドドラゴン、ブルードラゴン、アースドラゴンのそれぞれのトップを務めるデボラ、ミオ、ナタリアの三人がそんなことを言っている。


 彼女たち世界の属性を司るドラゴンはなんらかのお酒を造る習慣があり、レッドドラゴンはテキーラ、ブルードラゴンはワインとベルモット、アースドラゴンはウイスキーを造っていた。そしてミナトの助言の下、最近になってブルードラゴンとアースドラゴンの合作としてブランデーを造ったところである。


 しかしブランデーやカルヴァドスに関しては

 漆黒のスケルトン率いられるアンデッドの騎士団が二千年前には造っていたらしい。世界の属性を司るドラゴンである三人にとっては少し悔しい思いを感じているのかもしれない。


『もしかしたらその頃におれみたいな転生者がいてお酒造りを伝えたのかもね……』


 ふとそんなことを考えるミナト。だがシャーロットによるとあり得る話だが二千年前は大戦の影響もあって大陸全土が極度に混乱した時代であったためそういった記録は見つからないだろうとのことだった。


「ではこの時代にこのような素晴らしいお酒に出会えたことに感謝しないといけませんね」


 ブランデーとカルヴァドスを交互に飲み比べながらそう呟くのはオリヴィア。どうやらどちらも気に入ったらしい。中性的な美しく整った顔立ちに執事然とした服装のオリヴィアが蒸溜酒をテイスティンググラスで嗜む様はかっこいいという言葉が相応しい。


「美味しいデス〜。花に香りのヨウな華やかな香りデス〜」

「こちらはリンゴ香りがたまりまセン〜」


 ソフトボールくらいの大きさで虹色のスライム形態に戻ったピエールは自身を二つに分裂させてブランデーとカルヴァドスを楽しんでいる。二体ともふるふると気持ちよさそうに揺れているのでピエールもこのお酒が気に入ったようだ。


『ロビンとファーマーの方もそろそろ決着がつきそうだね』


 ロビンによるアームレスリング大会とファーマーさんとのナイフ投げ対決は終盤に差し掛かっているのか観客の視線が熱を帯びているような気がするミナト。


 そんな周囲の様子をミナトも楽しみつつミナトは魔法で造られたテーブルの上にカルヴァドスのボトル、テキーラ・サンライズで使用しているレッドドラゴンの里で作られたグレナデンシロップ、そしてライム果汁を用意する。当然、このライムもレッドドラゴンの里で採れた極上品だ。


 造るカクテルはシェイクするのでジガーとも呼ばれるメジャーカップ、バースプーン、シェイカー、アイスピック、そしてショートグラスを用意して……。


「ホウ!ソレヲカクテルト呼ブノデスカ……。様々ナ酒ヤ食材ヲ用イテ新タナ味ワイヲ創造スルトハ……」


 そんなミナトの傍で意識を取り戻しミナトの漆黒の鎖による拘束から解き放たれた漆黒のスケルトンがシャーロットの説明に感心したように頷いていた。


「ミナトのカクテルは美味しいわ。カルヴァドスを使ったカクテルを造ってくれるみたいよ。私もどんなカクテルになるか楽しみなの」


「カルヴァドストハ私タチガ蒸溜シタ林檎酒デスネ?ソレハ実ニ興味深イ……」


 そう言ったシャーロットと漆黒のスケルトンの視線がミナトへ向けられる。その気配を感じつつミナトはカクテル造りに取り掛かる。


「シャーロット!ショートグラス冷やしてくれる?」


「任せて!」


 シャーロットの返答と共に青い魔力がショートグラスを包み込む。


 ショートグラスが冷やされることを確認したミナトはジガーとも呼ばれるメジャーカップを使ってシェイカーにカルヴァドス三十mL、グレナデンシロップ十五mL、ライム果汁十五mLを注ぐ。甘くすることもできるが今回はこのレシピで造ることにするミナト。バースプーンでよく混ぜ味を確認。


「よし……、シャーロット、シェイク用の氷をお願いします!」


「はい!これでいいかしら?」


 シャーロットが手を振ると虚空に氷が出現する。


「さすがシャーロット。完璧だ。いつもありがとうね」

「ふふん。もっと尊敬してもらっていいのよ?」


 そんなやりとりをしつつ……、ミナトはシャーロットが作ってくれている氷をアイスピックでシェイク用の氷に砕くとシェイカーへと入れしっかりとキャップを閉めシェイクする。


「いつ見ても本当に全く迷いがなくてスムーズな動きなのよね……」


「コレガカクテルデスカ……」


 シャーロットと漆黒のスケルトンがミナトの流れるような所作に感嘆の呟きを漏らす。そんな呟きを耳にしつつ集中してシェイクしていたミナトは十分にカクテルが冷えたことを確認し、それをよく冷えたショートグラスに静かに注ぐ。


 それをとりあえず二杯分から……。いつのまにか周囲のアンデッドたちの視線はシェイカーを振るミナトに釘付けだ。


「どうぞ……。ジャック・ローズです」


 鮮やかな赤を湛える二杯のショートグラス。それをシャーロットと漆黒のスケルトンへと笑顔ですすめるミナトであった。

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