第538話 ブランデーとミナトの誤算と戦闘と

「うーん!素晴らしい味と香りね……。ブルードラゴンとアースドラゴンたちの魔道具で熟成させたブランデーも美味しかったけどこれには勝てないかしら……?」


 そんな感想を言ってくるシャーロット。小さめのワイングラスを持つ美しいエルフはとても絵になる光景である。専用のブランデーグラスがあればもっと映える光景となるだろう。


「アースドラゴンたちもウイスキーやブランデーが樽の中で熟成するメカニズムを完全には解明できていないって言ってたから……、やっぱり魔道具で自然と全く同じってことは難しいのかもね」


 美人のエルフにそう返しつつこの旅から帰ったらガラス工芸家であるドワーフのアルカンにブランデーグラスを注文することを心に誓うミナト。


 そしてアースドラゴンたちには熟成の魔道具の研究を続けてもらおうと改めて考える。この百年ものといえるブランデーが彼女たちの目標であり、きっと研究の手助けになるはずだ。


「うむ。これは素晴らしいな!見事な香りだ!」


「ん!熟成すると本当においしくなる!そしてとても良い香り!」


 デボラとミオもその味と香りに感心している。


「良い香りです!ブランデーを長期間熟成させるとこのように変化するのですね。ブルードラゴンの里で頂いたブランデーを超える味と香りです!」


「美味しいデス〜、イイ香りデス〜」


 オリヴィアとピエールも味だけでなくその特徴とされるブランデーの香りを気に入ってくれたようだ。


「ミナト?こんなに美味しいブランデーもカクテルにするの?」


 シャーロットが尋ねてくる。


「間違いなく美味しいとは思うけど、さすがにこれはちょっともったいない気がする。それにサイドカーってレモンとオレンジリキュールを使うから魔道具で熟成させたブランデーを使ってもそこまで違いが出ないかもしれない……」


 この百年もののブランデーを使ったカクテル……、興味がないと言ったら嘘である。バーテンダーである以上一度は経験してみたいカクテルであることは間違いない。


 ただスコッチやバーボン等使用したお酒の特徴が色濃く反映されるマンハッタン系のカクテルとは異なりレモン果汁とオレンジリキュールを加えてシェイクするサイドカーでどこまでこのブランデーの特徴が反映されるのか……、そこが分からないミナトである。


「だったらホーゼスネックの方が……、あ!?」


 そこまで言って固まってしまうミナト。そして膝から崩れ落ちるバーテンダー。周囲の美女たちに視線が集まるが今はそれを気にしていられない。


「ジンジャーエールをまだ手に入れてない……」


 そのことを思い出したのである。


 カールするようにカットされたグラスの中のレモンの皮が特徴的なカクテルであるホーゼスネック。ブランデー以外のスピリッツも使われるがミナトは好んでブランデーを使用していた。そしてそのカクテルでブランデーと共に使用するのがジンジャーエールである。ちなみにレモンを入れずにブランデーをジンジャーエールで割るなら名前はブランデー&ジンジャーとなる。こちらも美味しいカクテルだ。


 勿論、ジンジャーエールを使用するカクテルはそれだけではない。


「そうだ……、おれはまだジン・バックを造っていない……。なぜジン・フィズとジン・トニックで満足していたのか……」


 言葉の端々に後悔を滲ませつつそう呟くミナト。


「ミナト、ミナト!そのホーゼスネックってカクテルもブランデーを使うの?」


 そう言われて我に帰る。


「ああ、美味しいカクテルなんだけど今は材料が足りないんだ。ジンジャーエールっていう……、なんて言うのかな、生姜ってスパイスを使っているトニックウォーターと同じような使い方をする炭酸の効いた飲みものかな?」


 そう考えると生姜にも出会っていないような気がするミナト。王都に戻ったらスパイスを取り扱うマルシェを探索することが密かに決定された瞬間であった。


 そうしてなんとか立ち上がると、


「とりあえずサイドカーの味比べは他のカクテルも造れるようになってからにしようと思います!」


 そう宣言するミナトであった。


 そんな宴会に興じているミナトたちの隣では……、


「コノ時ヲ二千年前カラ待チ望ンデオリマシタ……」


 そう呟きつつ禍々しい長剣を納刀し居合のような構えを取る漆黒のスケルトン。


「約束でしたすけね。んだども貴方相手では手加減など出来ねよ?」


 顔の横で十文字に双剣を構えるファーマーさん。


 こちらはこちらで戦いの火蓋が切って落とされようとしているのだった。

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