第535話 スケルトンのお酒(一つ目)

 すっかり日も沈んだクラレンツ山脈の森の中。盛大に焚かれた数多の篝火の下、剣戟の音が響き渡る。


 見る者を魅了するかのようなしなやかな長剣を振るうことで流麗かつ確かな力強さを感じさせる柔の剣と大剣によって強烈かつ的確な打突で相手を圧倒するかのように振るわれる剛の剣。その二つの剣技が交錯していた。


 そして柔の剣が剛の剣に押され始める。


「ハハハハハ!ナント!ナント!全テノ眷属ヲ従エタ私ガコウモ簡単ニ押サレルトハ!コレガマスターニヨルテイムノチカラナノカ!?」


 流麗な剣で強烈な打突を受け流しながらも徐々に押され始めている漆黒のスケルトンがそんなことを言っている。自身が不利な状況でどうしてそんなに高揚していられるのかが謎である。


「ふふふ……、二千年前のお主と吾輩の実力は確かに拮抗していた。だがマスターの眷属となった吾輩は一味違うぞ?」


 徐々に漆黒のスケルトンを押し込みながら首のない騎士がそう答える。それは二千年前に魔王が起こした大戦時は魔王に操られていた魔王軍の最高幹部であり、シャーロットによって魔王との繋がりを断たれた以降は人族や亜人に協力して魔王軍と戦ってくれた魔物。


 ミナトにテイムされたときにスキルの効果から種族が進化し、煉獄の首無し騎士ヘル・デュラハンから首を失った闘神ヘル・オーディンへと変わり、オリヴィアやピエールと並ぶ極めて強力な魔物に進化したロビンである。


 煉獄の首無し騎士ヘル・デュラハンであった時、漆黒のスケルトンとは剣技が互角だったらしいが首を失った闘神ヘル・オーディンとなった現在はロビンの方が強いようだ。


「うふふ、楽しそうです〜。次はわたくしの番ですね〜」


 頬に手を当てつつにこやかにそう言っているのは地皇竜カイザーアースラゴンのナタリア。既にその肩にはどう表現したら良いかよく分からないあまりにも巨大で無骨な鉄塊の如き大剣が担がれている。


「その次はも相手ばさへでもらうべが。二千年前がらの約束でしたすけね」


 そう言ってとてもとても禍々しく殺傷力の高そうな双剣を携えつつそう言っているのはまだ人族の姿をしているファーマーさん。『我らはうぬらに問う、汝らは何ぞや』とか言い出しそうな普段とは異なる好戦的な雰囲気を醸し出していた。


「あの黒いスケルトンさんとみんなって仲が良いの?厄介なアンデッドって言っていた気がするけど……?」


 そう隣にいるシャーロットに問いかけるミナト。


「うーん……、ロビンやファーマーはかつての仲間でかつての敵って感じだけど……、仲が悪いわけではないでしょうね。好敵手かしら?私とかから見ると確かに敵側だったのだけど、直接の戦いを挑まれただけで非道なことはしていなかったし恨みがあるわけじゃないのよね……。ミナトに忠誠を誓うのであれば心強い仲間になるって感じかしら?」


 そんなシャーロットの答えに、


「そんな感じなのね……」


 と一応は納得するミナト。


「それにこのワインの樽を惜しげもなく開けてくれたんだから悪い魔物じゃないわよ?」


「それはおれもそう思う。スケルトンさんはいい魔物だ!」


「うむ。我も同感だ!」

「ん。甘くて美味しい。ボクもそう思う!」

「このようなワインがあるのですね……。とても甘くてでも香りも独特で味わいがとても深いです」

「美味しいですネ〜」


 シャーロットの言葉にミナトは力強く同意し、デボラ、ミオ、オリヴィア、ピエールもそうなことを言ってくる。彼らの手にあるには小さめのワイングラス。


 みんあでそこに注がれた深い琥珀色と表現して遜色ない濃厚な液体を舐めるかのように楽しみつつ、眼前で繰り広げられる戦いを観戦している状態だ。


 漆黒のスケルトンたちが自身の封印の場に持ち込んでいた酒は三種類。今飲んでいるのはその一つ目である。


 お酒の説明を聞いた時、本当のところこの一つ目のお酒は最後に楽しむべきものだと感じたミナトであったが、その想いを振り切ってミナトは最初に飲むことを決めた。


 漆黒のスケルトンは、


「二千年前ノ酒トイッテモ私タチニハ封印ノ魔法ガ施サレテイマシタカラネ。時間ノ経過ハ……、百年カラ二百年トイッタトコロデショウ」


 と言っていた。


『ま、二千年前ものって流石に無理だと思ったけど百年ものでも十分すごいからね。でもこのお酒で大事なのはそこじゃない……』


 そう思いつつワイングラスに注がれた琥珀色の液体を眺める。


「あっちの世界ではここまでのものを飲むことはとても叶わなかったからね……」


 そう呟くミナト。そう大事なのは漆黒のスケルトンが教えてくれたこのお酒の正体である。


「コレハコノアタリデ特徴的ニ採取デキル特殊ナ甘イ葡萄ヲ使イ、ブルードラゴン殿ノ里カラナニカノ戦イノ際ノ取リ引キデ教エテ頂イタワインノ技術デ酒ニシタモノデス。普通ノワインヨリ数段甘イデスヨ」


 そんな説明にあるお酒を直感したミナトは用意した小さめのワイングラスに注がれる深い琥珀色のワインの香りを確かめ確信に至った。


「こんなところで百年ものの貴腐ワインに出会えるなんて……」


 それが答えである。


 このワインは間違いなく貴腐ワイン。それも極上の質で知られるシャトー・ディケムに酷似していた……。いや市販されている若いビンテージの味であればミナトも知っている。しかし今楽しんでいるこの味はミナトが知っているどの貴腐ワインよりも濃厚で華やかな香りを纏っていた。


『パリで一八九九年のは見たことはあったけど流石に高すぎてどうにもならなかった……。きっとあれを開けたらこんな味がするのかもね……』


 そんなことを思いつつじっくりと確かめるように味わうミナト。シャーロット、デボラ、ミオ、オリヴィア、ピエールといった戦闘に参加していない者たちはこの極上の貴腐ワインに全員がまったりとしていた。


「この貴腐ワインってパテとかとも相性がいいんだよね。ちょっと王都で仕入れてこようか……」


 そんなミナトの言葉にまったりとしている美女たちから歓声が上がるのであった。

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