第530話 封印されし者たち

 両脚をピエールによって切断された神殿騎士ブランディルを飲み込んだ光の奔流がミナトたちの周囲へと迫る。


 そうして光の奔流はシャーロットによって展開された結界ごと周囲一体を覆いつくすのだった。


「ミナト!結界内の光量を調整したわ!もう目を開けても大丈夫よ!」


 シャーロットのそんな言葉に導かて目を開けたミナトの視界に飛び込んできたのは結界の上下左右、その全周囲を埋め尽くすという表現がぴったりなほどの光そのものであった。


 シャーロットは結界内の光量を調節してくれたようだがそれでもかなりの眩しさである。


「これが光魔法『裁きの光』よ。周囲一帯の光に触れた生命を焼き尽くす攻撃魔法ね。建物や地形には影響を与えずに生物を攻撃できるのが特徴といったところかしら?」


「うむ。この光には熱や衝撃はないし、触れた者が発する炎も周囲には延焼しない。そして天候にも左右されないのだ。どんな場所や環境にあっても対象の生命体を焼き殺せる魔法といったところか?」


「ん。強力だけど大戦の時、人目を引く派手な殺害に使用されたりした魔法だからボクにはあまり印象がよくない!」


「ワタシも受けたらダメージはあると思いまス〜。スグ回復できると思いマスケド〜。ナノデシャーロット様に結界をお願いしましタ〜」


 シャーロット、デボラ、ミオ、ピエールが『裁きの光』についてそう教えてくれる。


「やっぱりこの世界の光魔法ってちょっと物騒というかタチが悪いというか……」


 そう呟くミナト。


「ミナトの世界にある創作物だと光魔法って回復とか浄化とかがあったんでしょ?こっちでいう水魔法に近いのよね」


『一応、ロマンシングな二作目には回復魔法の他に天体を操って全体攻撃とかもあった気が……』


 シャーロットの言葉につい日本でやったゲームのを思い出すミナト。だが、結界の外の問題がまだ片付いてはいないことを思い出して気を引き締める。


「えっと……、封印が解かれたからこれでシャーロットたちが言っていたアンデッドが復活する……?」


「そういうことになると思うわ」


 ミナトの問いにシャーロットが答える。デボラとミオも頷いてミナトの質問への回答とした。そうして徐々に光の奔流が収まり始める。


「そういえばピエール、さっきアンデッドは大丈夫みたいなことを……」


 思い出したかのようにミナトがピエールへと話しかけようとして、


「!!」


 ミナトはその突発的な現象に会話を中断して思わず息を呑んだ。周囲を覆い尽くしていた光が一瞬にして漆黒に染まったのである。


「これは……?」


 シャーロットの結界が作用しているためミナトたちに影響はない。しかし何が起こったのかシャーロットたちももよく分からないようで言葉を失っている。


 すると結界の外で光の代わりに周囲を覆い尽くした闇がボロボロと崩れるかのように消滅を始めた。少しずつ周囲が明るさを取り戻す。この時間帯であれば青空が広がり太陽が顔を覗かせる筈なのだが、


「太陽の色が燻んだオレンジって……、空も真っ赤なんですけど……」


 呆然と呟くミナト。そこには光を放ってはいるが見たこともない色の太陽と血で染められたかのような真っ赤な空が広がる空間となっていた。


「なるほど……、こんなこと大戦の頃にはできなかったんじゃないかしら?」

「うむ。我も初めて見る。力を蓄えていたのか……?」

「ん!周囲はボク任せる!」


 シャーロットたちは現状を理解したらしい。


「あのシャーロットさん?いったい何が起きているのでしょう?」


 不思議な口調になってしまいつつそう訊ねるミナト。


「ミナト!これは瘴気よ!一瞬にしてこの周囲一帯をかなり濃厚な瘴気が覆い尽くしたの!アンデッドは瘴気を撒くことができるけど、この規模は今のロビンやファーマーでもそう簡単にはできるものではないと思うわ!」


 その言葉に警戒感を最大限に高めるミナト。どうやら封印されていたアンデッドとはロビンやファーマーといったクラスのアンデッドらしい。


 そしてミナトたちの視線の先、『不死者達の霊廟』と呼ばれた巨大な建造物の閉ざされた筈の正門が開かれ幾人もの人影が瘴気の靄の中から浮かび上がっている。


「私たちに瘴気は効かないし、状態異常無効の魔道具をつけてピエールちゃんを纏っているミナトも問題ないと思うから戦闘に備えて結界を解除するわ。ミナトは体調に変化を感じたら教えてね」


 シャーロットの言葉に全員が頷いて結界が解かれる。


「……大丈夫みたい」


 ミナトがそう伝えた時、


『我らの眠りを妨げる者は誰か……』


 思わずミナトが頭を抑える。脳内に大音量で声が響いたのだ。


「ん。マスター!」


 ミオから放たれる青い魔力がミナトを包むと頭の痛みが軽減される。


『我らの眠り……、あるじを失い……、意義を失い……、闘争を失った……、我らに残されたのは悠久の……、我らの眠りを妨げる者に……』


 大音量の念話と共に瘴気の靄が消滅しそこに佇む者達の姿が露わにされる。そこに封印されていた者達とは……、


『なんかすっごく強そうなんですけど?』


 ミオによって軽減されているとはいえ痛む頭を抑えつつ心の中でそう呟くミナト。


 彼に視線の先に現れたのはまさしくアンデッド軍団。中でも目を引くのは彼らを統率していると思われる先頭のスケルトンらしき魔物。鎧を纏い物騒な雰囲気の長剣を携えている。そして特筆すべきはその全身が漆黒かつメタリック的なコーティングをされたかの如き骨格で構成されていることである。


 ファーマーと出会うきっかけとなった禁忌のダンジョン『みどりの煉獄』に潜った際、ミナトはB級冒険者の人族や亜人の剣士ではたとえ魔法が使えても一対一でまず勝てないくらいに強い真っ赤なスケルトンとの戦闘を経験したが、視線の先にいる漆黒のスケルトンはそれとは比べ物にならないほどの武威を放っている。


「我ラノ眠リヲ妨ゲル者ハ許サヌ……」


 そんな肉声がミナトの耳に届いた。どうやらスケルトンの言葉らしい。


 そしてスケルトンが引き抜いた長剣を天へと掲げた。その姿にスケルトンの背後に控えるアンデッド達が一斉に武器を構える。どうやらスケルトンの号令でこちらへと襲いかかって来るつもりらしい。


『スケルトンのどこに声帯が?』


 そんなことが頭を過ぎりつつ短剣を構えるミナト。シャーロットたちも戦闘に備える。


 緊張感が高まる中、ふとスケルトンの空洞になっているはずの双眸と目があった気がするミナト。視線と視線とが交錯した結果……、


「魔王サマ!!」


 力なく項垂れるミナトの視線の先には禍々しい長剣を鞘へと納め、膝をついて首を垂れる漆黒のスケルトンの姿があった。

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