第519話 それぞれの午後

「本当に肉料理が多い……。この辺りで食べられる魔物が多く獲れるっていうのは本当みたいだ」


 メニューを手にミナトが呟く。


 王都の冒険者ギルドで受付嬢をしているカレンさんから教えてもらった宿である『ベビードラゴンとパペットと笑う宝石袋が夢の彼方邸』に辿り着いたミナトたち一行。二階と三階にある様々なタイプの客室からその場でのの末、冒険者パーティ用の六人部屋を選択し、無事に遅い昼食のため一階に設けられた食堂へと降りてきたのである。


「どれどれ…、『オーク豚肉ソテー』、『レッドボア猪肉の煮込み』、『ロックバード鶏肉の揚げ物』、『ロングホーンブル牛肉と春野菜の炒め物』……、確かに肉料理が中心みたいね……。『ロングホーンブル牛肉と春野菜の炒め物』って美味しいのかしら?」


「うむ。我としては本日のオススメとして貼られている『オーク豚肉と春野菜のホワイトシチュー』なる料理に惹かれるが……」


「ん。その隣の『ロングホーンブル牛肉と春野菜のブラウンシチュー』も魅力的!」


『どれも美味しそうデス〜』


 シャーロット、デボラ、ミオ、そしてピエールもメニューを見ながらそんなことを言っている。ちなみにピエールは青い普通のスライム形態だ。


 王都の食堂などでは魚料理も多いのだがどうやらこの街は肉料理が盛んらしい。


 この世界では農業は盛んに行われているが畜産業はあまり発達していない。肉牛のような魔物の飼育もしていないわけではないが、肉に関しての大部分は世界を跋扈している魔物を冒険者が狩ることで供給しているらしい。畜産業は酪農として乳製品を得るために乳牛やヤギに近い魔物を飼うことが中心ということだ。王都の東にある大森林で強力な魔物を狩りまくり、希少価値の高い肉を大量に冒険者ギルドへと供給しているミナトたちは、冒険者ギルドの職員たちによって王都の高級肉請負人と密かに認定されていたりする。


 二足歩行の豚でありファンタジー作品で色々とヤッテいることが多いオーク豚肉はこの世界では一般的な食材らしい。これを食べることに関してミナトは最初から何の違和感も覚えなかった。恐らく【保有スキル】である泰然自若が効いているのだろう。


【保有スキル】泰然自若:

 落ち着いて、どの様な事にも動じないさまを体現できるスキル。どのようなお客様が来店してもいつも通りの接客態度でおもてなしすることを可能にする。


 そうしてシャーロットがその選択肢の多さに悩み、デボラがミオの言葉でホワイトシチューかブラウンシチューかで迷いをみせ、ミオはやっぱりオーク豚肉の方が美味しいかと考えこむ。ピエールは上機嫌なのかふよふよと揺れていた。


 そんなメニューとのにらめっこの最中、ふとミナトはメニューの後半へと視線を落とす。そこには少し小さな文字でグランドメニューっぽいものが並んでいるのだが……、


「『オー・ラ・ヴィン・ヴィン』、『エスメスとビンゴレイの盛り合わせ』、『コポロンガ・コポロンガ』、『ピーチョビッキーと豆の煮物』……、なんの料理かぜんっぜん分からない……。ええっと他には……?……『ンゴッサキリー』に『獲れたて冒険者のパイ』!?」


 元の世界では聞いたことのない料理名の羅列に大いに戸惑うミナト。どこぞの人肉パイ屋さんを連想させてしまう料理名まである。


「ミナト?勇気があるわね。私はその辺りはちょっと遠慮するわ」

「うむ。マスターがどうしてもと言うのであれば止めはしないが……」

「ん!頼むのは勇気ある者!」

『ワタシはどれも食べれますヨ〜?』


 シャーロットたちがそんなことを言ってくる。どうやらシャーロットたちはこれらの料理を知っているらしい。美女たちの顔色が少し悪くなっているのも気になるし、何よりあらゆるものを捕食できるピエールが美味しいとは言わず食べられると表現したことが気になりすぎる。


 少しだけ悪い好奇心にかられるが高名な考古学者が登場する第二作目の冷えたデザートを思い出してここは踏みとどまるミナト。一瞬、


『逃げちゃダメだ!』


 なんて台詞が聞こえた気もしたが、それを無視してここは無難に『オーク豚肉ソテー』を注文するミナトであった。


 そんなこんなでミナトたち一行が食堂で楽しいひと時を過ごしているのと同じ頃……。



 とある屋敷の執務室……、


「……ということだと思われます」

「ありがとうティーニュ殿。しかしバルトロス教の神殿騎士が我が領都を来訪するという話は聞いていたが、領境を越えてそのようなことをするとは……」

「我らとしては第三王子殿の下へ向かうことを優先すべきと……」

「それでは……」



 またこちらは異なる場所で……、


「あの者たちは我らが神の名の下に裁かれなくてはならないのです!」

「ほう……、貴方ほどの神殿騎士がそれほど執着なさるとは……。ウッドヴィル公爵家とはやはりなかなか厄介なようですな。よろしい……、実は本国の研究所から面白い情報が届いたのですがね……」



 食事を楽しむ者、今後の旅程を気にする者、そして身の丈に合わない何かを企む者。


 様々な思惑が入り乱れる中、バウマン辺境伯領の領都イースタニアの午後はゆっくりと過ぎてゆくのであった。

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