第516話 出発とその一方で……
明けて翌朝……、
「よーし!出発!」
青空の下、隊を率いるカーラ=ベオーザがそう声を上げると、騎士三十人、ポーター十人、三台の馬車、そしてA級冒険者のテーニュとミナトたち一行からなる一団が移動を開始した。
本日もウッドヴィル公爵家の執事できっと暗殺者であるガラトナさんは馬車の御者台で御者の隣に座っている。
バウマン辺境伯領の領都であるイースタニアという街まではここから二日といったところ。そしてイースタニアで二泊し準備を整え、国境にあるというマルトンの砦までがさらに五日。そうしてクラレンツ山脈を越えることになる。
「クラレンツ山脈を越えて神聖帝国ミュロンドへ至る道は険しい。道中気をつけて行かれよ!」
そう送り出してくれるのは元騎士のロバネス。彼はこの野営地でバウマン辺境伯家からの騎士の到着を待って、神殿騎士のブランディルが不当に引き連れていた王国民達を家に帰す手助けするという。
ミナトが確認したところバルトロス教の神殿騎士であえるブランディルと女性騎士の二人は早朝にこの野営地を発ったとのことだった。
『とりあえずバルトロス教の連中とは仲良くできそうもないことは理解したよ』
心の中でそう呟くミナト。平然と
『私たちに何かをしてきたら後悔させるだけよ?』
『うむ。灰も残らぬほど完全に燃やし尽くしてくれるわ』
『ん。魂すらも凍り付かせてみせる!』
『全て酸弾で溶かしまス〜』
妙に好戦的な念話が返ってきて少しだけ慌てるミナトであった。
『何事もなく第三王子のジョーナスさんだっけ?彼を連れて来られたらいいのだけど……』
旅の目的は神聖帝国ミュロンドの第三王子であるジョーナス=イグリシアス=ミュロンドをルガリア王国の王都まで連れてくることである。
『トラブルの予感がする……、おれ達はきっと大丈夫だけど他が危なくなるようならさっさと
そんなことを考えながら歩みを進めるミナト。周囲に剣呑な気配もなく尾行者もいない。
そして特に問題が起こることもなく春の陽気が降り注ぐ街道を西へと進んだ一行は、予定通り二日をかけてバウマン辺境伯領の領都であるイースタニアへと到着するのであった。
一方で……、
「制御の失敗などではない!
バウマン辺境伯の領都イースタニアへと至る街道から少し外れた小さな森の中で呻くようにそう言いながら蹲っているのは神殿騎士のブランディルである。傍には女性騎士が無表情で佇んでいる。
周囲からの忠告に耳を貸さず魔物に向かって
『負傷者が出ていたら王国法に照らして厳罰とするところだが、幸い負傷者もおらずブラックスライムも去った。貴殿は運が良い。貴殿らが信ずる神とやらの威光に傷がつく前にこの野営地を出ることを儂は勧めるが……?』
意識を取り戻したブランディルに鋭い眼光と共にそう言ってきたのはロバネスであった。既に引退した身とはいえかつてはバウマン辺境伯家の騎士団長をしていた人物からの言葉に逃げるように野営地を飛び出しここにいるというわけである。
ブランディルにとって今回の出来事は屈辱以外の何物でもなかった。バルトロス教は魔法が使える者を神に愛された存在と定義している。バルトロス教を信じる者にとって魔法は神からの祝福なのだ。その教えの中では魔法を制御できないということは神から祝福される資格がないことであるとの解釈がされており、ブランディルは頭を抱える。
そうして森の中で二日が経過する。
「違う違う……。違うぞ!私は制御を誤ったりしない……」
この二日間呪文のように同じ内容を繰り返していたブランディルがふと顔を上げた。ある可能性に気づいたのである。
「あの時……、私の魔力は……、干渉……?そう!何者かが私の魔力に干渉し制御を奪われたのだ!ルガリア王国のような場所でそんな魔法の使い手がいるわけがないと……、そしてあのような屈辱的な姿を晒すことに……。いったい何者が……?」
その考えに思い至った。しかし他人の魔法に干渉するのは非常に難しい高等技術である。あの時、周囲にいた者たちを思い出すブランディル。
「ウッドヴィル家の中にいる何者かが……?」
その表情が憎悪に染まる。
「此度はちょっとしたからかいのつもりでしたが……、この私が受けた屈辱は晴らさせて頂きましょう」
憎悪と不気味な笑みを浮かべたブランディルは女性騎士を伴い目指すべき地へ移動を始めた。
ブーツの裏にピエールの一体を張り付かせたままで……。
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