第507話 領境の野営地にて

 アクアパレスを発って五日目にウッドヴィル家一行と一定の距離を保って後をついてくる者達の気配を感じてからさらに三日。


『ここが領境の野営地か……。街の代わりとは聞いていたけど結構賑わっているね』


 そう呟くのはミナトである。


 ウッドヴィル家の一行はウッドヴィル公爵領とバウマン辺境伯領の領境に設けられている野営地に到着していた。


 その野営地では商売をするためのテントが多く立ち並びちょっとした市場の様相を呈しており、いくつかの建物も散見される。


 冒険者ギルドで受付嬢をしているカレンさんからの説明ではウッドヴィル公爵とバウマン辺境伯は長年にわたる盟友関係とのことで、領境に関所などを造って入管税のようなものを取ることなく商人達の自由な移動を推奨し商業の発展を促しているのだそうである。


 領境が曖昧になって街からの税金の納め先などで揉めたりしないか心配になるミナトだったが、街道が通る領境には野営地のみ設営し街を造らないことで合意しているのだとか。野営地の管理も公爵家と辺境伯家が交代で行っているらしい。


 そして現在、騎士の一人が野営地を管理する者が待機している建物へと出向いているので待機中のミナトたち。他の野営地はどうでもよいらしいが、公爵家と辺境伯家が管理している野営地とあってはウッドヴィル公爵家の看板を背負う今回の一行ならば管理している代表に挨拶が必要ということのようだ。


『貴族って大変だ……』


 心の中でそう思いつつ、野営地に設けられた市場へと視線を向けると、


「ん?旅支度をしていない冒険者が買い物をしている……?」


 思わずそう呟くミナト。


 視線の先に商隊のメンバーやその護衛である冒険者といった連中が纏っている旅の装いとは全く異なる普通の装備を身につけた冒険者がポーションを買い求めている光景があったのだ。


「この近くにはダンジョンがあります。彼等はイースタニアの冒険者ですね。この野営地は商隊や護衛の冒険者の補給だけでなく、この近くのダンジョンに潜るイースタニアの冒険者の補給場所としての役割も兼ねているのですわ」


 そう教えてくれたのはA級冒険者のティーニュである。


「なるほど……、ダンジョンに潜る冒険者相手の商売もね……」


 ティーニュの説明に納得するミナト。シャーロット、デボラ、ミオも興味があるのか市場のようなその光景を眺めている。


 そうして野営地を眺めていると、


「ウッドヴィル家の騎士による突然の訪問にも驚いたが……、カーラよ!こんなところでお主の訪問を受けようとは想像すらしておらなかったぞ!」


 野太い豪快な台詞と共に数名を伴って一人の騎士と思われる男が近づいて来た。白髪でおそらくは老齢と思われるが二メートル近い身長と全身を覆うその筋肉に横一文字の大きな古傷がある顔、そして背中に背負った巨大な斧は彼が歴戦の強者であることを語っていた。


『ウッドヴィル公爵家の装備じゃないね……。バウマン辺境伯家の騎士かな?でも……』


 念話でそう呟くと、


『ミナト、彼はかなり強いわね』

『うむ。魔法は使えぬようだが単純な武力では今のティーニュでは太刀打ちできぬくらいの使い手と見た』

『ん。マスターが戦うなら魔法は必須!』

『防御はワタシがいれば問題アリマセン〜』


 そんな念話が返ってきた。


『バウマン辺境伯家の騎士だろうからおれがあの人と戦うことはないと思う』


 そんなやり取りをしていると、


「ロバネス騎士団長、ご無沙汰しております」


 ミナトたちの一団の代表を務めるカーラ=ベオーザがそう答えて騎士の礼をとる。その背後にいるウッドヴィル家の騎士達もそれに倣う。どうやら相手は高位の者らしい。


「確かに久しいが、既に騎士団を退いている儂にそのような堅苦しい挨拶は不要だ。今の儂はこの野営地を任されている一介の老人だからな。連絡は辺境伯家からも届いているし先ほど書状も読ませてもらった。今日のところはゆっくりと休むのがよいだろう」


 どうやら悪い人物ではないと認定するミナト。恐らく仕える家が違っても偉大な先輩の騎士といったところのようである。だがミナトの注意は別の所に注がれる。


 ミナトたち一行の後を一定の距離を保ってついてきた者達がどんどんとその距離を詰めてきたのだ。既に視界に捉えることができる距離。さらにその距離が縮まる……。


 その存在に気づいていたのかA級冒険者のティーニュとウッドヴィル公爵家の執事を自称するガラトナさんの表情が僅かに引き締まるのをミナトは視界に端で捉えつつ接近する者達へと振り返る……、それと同時に、


「これはこれは!かの偉大なる騎士殿と女傑殿ではありませんか!栄光あるルガリア王国にその人あり謳われるお二人にこのような場所でお会いすることができるとは我らの神によるお導きに感謝を!」


 どこか芝居掛かったそんな言葉がミナトの耳に飛び込んできたのである。

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