第493話 二杯目のオーダーを
「ミナト様へ改めてお礼をと思っていました」
そう言うのはウッドヴィル公爵家の長女のであるミリム=ウッドヴィル。ミナトは今回の依頼人である第一王女のマリアンヌがミリムとティーニュのことを『お姉様』と呼んで慕っていたことを思い出す。ミリムにとってもマリアンヌは可愛い妹のような存在なのかもしれない。
「私にも思うところがありましたからね。ですがお礼は頂いておきますね?」
バーテンダーとしての態度を崩すことなくそう答えるミナト。常連の一人であるマリアンヌの助けになるなら……、という思いは確かにあるが、
『この大陸の東にある海沿いの都市国家に人質に出されていて、その先方でも評判の良かったジョーナスさんのツテがあれば醤油が手に入るかもしれないからとは……、とても言えないかな?』
そのことが大きい。シャーロットはルガリア王国には入ってきてはいないが大陸の東では醤油が造られていると教えてくれた。
転生して外見は日本人から少し離れたが心は生粋のジャパニーズであるミナトにとって醤油は魂の調味料と言っても過言ではないほどに欲しい品であった。
王家に恩が売れるという発想が第一に出てこないのはルガリア王国の王城よりも遥かに大きな城の主になったことが影響しているのかもしれない。
「二杯目はいかが致しますか?」
笑顔でそう問いかけるミナト。心の中の若干不純な依頼を受託した動機を微塵も感じさせないところがプロである。
「
流石はA級冒険者、決断が早い。そしてやはりティーニュはワインが好みのようである。チーズに準備のためシャーロットが心得たように裏の調理スペースへと移動する。
「私はどうしましょう……?ミナト様、本日のフルーツはどのようなものがございますか?」
ミリムの問いかけにミナトは本日のフルーツを思い出す。
「こんな季節ですけどレモン、ライム、オレンジ、ザクロ、リンゴ、キウイフルーツ、ブドウがありますよ」
ここが日本であるならいざ知らず、ルガリア王国の冬と春の境という現在の時季ではありえないラインナップである。当然の如く全てレッドドラゴンの里で採れた極上品だ。ライムはこの世界ではリムの実と呼ばれ古くから親しまれていたが、ミナトがライムと頻繁に呼称するのでBarの常連は皆ライムと呼ぶようになっていた。
すると思案顔をしていたミリムが、
「オレンジを使ったカクテルをお願いできますか?オレンジを使って飲みやすいカクテルを……、ジン・トニックを頂きましたから次はこの炭酸……、ではないカクテルをお願いしたいです」
そう言ってくれた。
「ショートカクテルのような酒精が強い方がいいですか?それとも……」
「酒精はあまり強くないカクテルをお願いしても……?」
そんなやり取りによってミナトの中でお勧めしたいカクテルが決まる。
「ミリムさんはテキーラは飲まれたことがありましたっけ?」
「テキーラですか?お祖父様がストレートで飲んでいるのは拝見しましたが……」
「テキーラはとても飲みやすいお酒ですからね……。このテキーラとオレンジを使ったテキーラ・サンライズというカクテルがあります。このグレナデン……、じゃなかったザクロのシロップも使って見た目も綺麗なカクテルですがいかがです?」
「初めて伺いましたがとても興味深いです。ではそれをお願いしますね」
「承りました」
ティーニュの赤ワインをワイングラスへと注ぎ笑顔で二杯目のカクテルに取り掛かるミナト。
ナイフを取り出してオレンジをカットし、金属加工の職人であるドワーフのバルカンに作ってもらった搾り器でオレンジの果汁を取り出す。一杯につき九十ミリは必要だ。オレンジジュースのないこの世界では基本的にカクテルはフレッシュ仕様である。
タンブラーに程よい形の氷を二個。バースプーンを使ってタンブラー内の氷を回しタンブラーを冷やす。冷えたらタンブラー内の水を切りそこにメジャーカップでテキーラを注ぐ。テキーラは四十五ミリ……、注ぎ終わったミナトは流れるような所作でオレンジの果汁をタンブラーへと注ぐ。
バースプーンでテキーラとオレンジ果汁を混ぜる。混ぜ終わったら明るいオレンジ色になったそのグラスにレッドドラゴンの里産のグレナデンシロップを少量。
そしてバースプーンを器用に使い沈んだシロップを攪拌するとタンブラーの中ほどから下の部分が淡い赤へとその色を変えた。
「キレイです……」
「とても美しいカクテルなのですね」
ティーニュとミリムの呟きを耳にしながらミナトはミリムの前にグラスを差し出した。
「どうぞ赤ワインとテキーラ・サンライズです」
そうしてゆったりと夜は更けて行く。どうも今夜はお客様の出足は鈍いらしい。カウンターの二人の楽しいひと時のためミナトは腕を振るうのであった。
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