第490話 お風呂上がりのひと時を

「ミナト、出発は使者が神聖帝国ミュロンドの帝都グロスアークから戻るのを待ってからって話だたわよね?」


「ああ、遅くとも二週間後には出発ってカレンさんは言っていたけど……」


 シャーロットの問いかけにそう答えるのはシックな色調に纏められた浴衣姿のミナトである。


 ここは城の温泉施設の脱衣場的な一画。脱衣場とはいうが杉によく似た温かみのある木材をふんだんに使用し、高級感のあるウッドチェアやソファー、テーブルまでも完備されており、高い採光率と美しい星空の眺めにこだわった大きな天窓もあることから高級貴族向けのサロンといった一室である。夜であるこの時間帯は星空の眺めを邪魔しないように暖色な間接照明が各所に置かれておりまたそれが趣のある雰囲気を作り出していた。そして目立たないところにブルードラゴンさんやアースドラゴンさんのメイドたちが控えている。


 そんなサロンのような空間で、湯船から辛うじて生還できたミナト以下パートナー全員が湯上がりのひと時を寛いでいる。


 このサロンには城の建設後にミナトのこだわりが発揮されておりシャーロット、ミオ、ナタリアの手にはコーヒー牛乳が、ミナト、デボラ、オリヴィア、ピエールの手にはフルーツ牛乳が、そしてロビンの手には牛乳がある。それぞれ伝統的な百八十mLのビン入りスタイルだ。


 温泉郷とサロンのような脱衣場を目の当たりにしたミナトはBarのグラスを作ってもらっているガラス工芸家のアルカンにこの馴染み深いビンの製作を依頼したのである。


 牛乳に関しては大森林の最奥に建てられたミナトの城周辺にマッド・ヘル・ホルスタインなる極めて強力とされる牛の魔物が出現したことで簡単に入手できた。シャーロットによるとこのマッド・ヘル・ホルスタイン、物騒なその名に恥じない強力な魔物ではあるが、その乳は伝説級の高級品として取引されているらしい。


 そして人語を解せる知性があるらしく(それだけ強いということだが)、群れを見つけたミナトがボスらしき一匹に、


『群れの安全を保障する代わりに牛乳を分けて欲しいくれないかな?』


 とお願いすると快諾してくれたようで、まだまだ敷地に余裕のある城壁内に建設した牛舎へと招き入れることに成功したのだ。決してミナトの全身から漏れ出す凶悪な闇属性の魔力を前にして滅びを覚悟したわけではない……、たぶん……。


 コーヒーはカフェ文化のあるこの世界でも好まれているし、フルーツはレッドドラゴンの里でいくらでも手に入る。ここにコーヒー牛乳とフルーツ牛乳が爆誕したのであった。


「ミナトは出発までに何か準備することはある?」


 コーヒー牛乳を片手にシャーロットが聞いてくる。そんなシャーロットは翠緑色を基調にした浴衣姿である。まだ乾ききっていない美しい金髪を低い位置でポニーテールにしてから根本に巻き付けてピンで留めたまとめ髪にしてうなじを強調した姿はため息が出るほど美しかった。


 美しい金髪を低い位置でポニーテールにしてから根本に巻き付けてピンで留めただけの簡単なアップスタイル。普段は見ることのできにない後れ毛とうなじ、そしてエルフの耳とのコラボがたまらない。デボラはその紅い髪をシンプルに片方のサイドに寄せたスタイル。だがそれが長身でスタイル抜群のデボラの浴衣姿にはとても映えている。ミオは青い髪を可愛らしいポニーテールで纏めている。だが浴衣とポニーテールとその後れ髪がいつも以上に大人っぽい色気を感じさせた。


「うむ。マスターよ、我に手伝えることはあるか?」

「ん。ボクもお手伝い!」


 そう言ってくる紅を基調にした浴衣を纏ったデボラはその紅い髪をシンプルに片方のサイドに寄せたスタイル。長身でスタイル抜群のデボラがそんな配色の浴衣を纏うと扇情感がものスゴい。同じく青を基調にした浴衣姿のミオはいつも通りの髪型だが、濡れ髪のそれが浴衣姿にとてもよく似合う。ハッキリ言って可愛らしい。


 バスタオル一枚で美味しそうに二本目のコーヒー牛乳を飲み干しているナタリアと同じくバスタオル一枚でケモ耳とシッポをそのままにフルーツ牛乳を楽しんでいるオリヴィア。どちらも非常に目の毒……、栄養過剰である。


 髪を乾かすのが面倒に思ったのか虹色のスライムに戻ったピエールがビンに入り込むようにしてフルーツ牛乳を味わっている。どうやらかなり気に入ったらしい。


 そして何故かとてもセクシーなショーツ一枚に首からタオルを下げ仁王立ちで牛乳を飲んでいるロビン。あの風呂場における堂々とした立ち居振る舞いができるのはこの城の中だけだと、後できちんと教えておこうと思うミナトである。


「えっと……、今回もちょっと長い道中になりそうだからね。マルシェを巡って食料品探しかな?ちょうど春の食材も増えてきたし、いろいろと見繕ってみようと思っているよ」


 そんな穏やかな時間は、その後の熱い夜への序章に過ぎないことなど知る由もないミナトであった。

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