第450話 気配を感じることができなかった

「ここが『みどりの煉獄』の第十階層か……」


 階段を降りきって周囲を確認しつつミナトがそう呟く。第十階層は森ではなく石で造られた洞窟状の空間であった。一般的にダンジョン呼ばれる場合によく思い浮かぶ典型のような空間がそこには広がっている。だが……、


「樹がないけどここでも魔法が使えない?」


 右の掌を上に向けて確認するミナト。地上や第一階層であれば【闇魔法】の悪夢の監獄ナイトメアジェイルによって夥しい数の漆黒の鎖が発現している筈なのだ。


【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイル

 ありとあらゆるものが拘束可能である漆黒の鎖を呼び出します。拘束時の追加効果として【スキル無効】【魔法行使不可】付き。飲んで暴れる高位冒険者もこれがあれば一発確保!


 しかしここでは何も起こらない。


『しかし何も起こらなかった……』


 つい言ってしまいそうになったそんな呟きを辛うじて心の中に留めて置くミナト。


「ミナト!周囲に魔物の気配はないけれど念のため用心はしておいてね?」


「ワタシがいるから大丈夫でス~!」


 シャーロットの言葉には既に漆黒の外套マントとなってミナトとシャーロットに纏われているピエールがそう返す。この外套ピエールを纏っているのであれば物理攻撃も魔法攻撃もほぼ無効化されていると考えてよい。そして今のミナトには状態異常の魔道具があるが、


「あれ?シャーロット、この魔道具って魔法が使えないこの空間でも使えるのかな?」


 そう言ってミナトがシャーロットに見せるのは小さな石をあしらったネックレス。アースドラゴンに造ってもらった精神耐性と状態異常無効が付与された防御用の魔道具だ。地竜の紅玉アースオーブの欠片を使用して造られたこの魔道具は国宝級の逸品と言える品である。


 魔法が使えない第二階層からここまでに出現した魔物は物理攻撃を行うスケルトンのみ。第九階層のスケルトンは何らかの付与効果がありそうな物騒な武器を使用していたがピエールのお陰で一切の攻撃を受けていなかったのでいまこの時点まで効果のほどが分からなかった。


「それは問題なく性能を発揮しているみたいよ?地竜の紅玉アースオーブの力がこの空間の作用を遮断しているみたいね……。ちょっと原理をすぐに解明することはできないけど状態異常系の攻撃に関しては問題ないと思うわ!」


「ピエールもいるし大丈夫そうだね。よし!第十階層の奥へと移動開始と行きますか?」


「「おー!」」


 ミナトの言葉にシャーロットとピエールが呼応し、ピエールが二百体ほどに分裂する。エンシェントスライムが二百体……。冒険者の言葉に直すと『絶望』以外の何ものでもない光景だが今のミナトたちにとっては何よりも心強い光景だった。


 周囲の魔物……、やはりスケルトンだったらしいが先行して潜ってくれたピエールの一体が殲滅してくれたらしく大した戦闘もなくミナトたちは金属製の巨大な扉に到着することができた。高さが四メートルはありそうな金属製の扉に随分と禍々しい模様が彫り込まれている。


「この悪趣味なデザインって……、やっぱりこれって主の部屋だよね?」


「ここまでこれ見よがしにされると隠し部屋とか隠し階段とかが気になっちゃうケド……。ま、ここを無視するわけにもいかないしね。とりあえず入って確認しましょう」


 シャーロットもそう言ってきた。


『『『『『殲滅しまス!』』』』』


 大量のピエールがそんな念話を飛ばしつつぷるんと揺れる。どうやら気合を入れたらしい。ミナトも短剣を抜いて臨戦態勢へと入る。重そうに見えた金属の扉はミナトが押してみると意外なほど簡単に開いた。そうしてミナトたち一行は扉の向こうへと足を踏み入れる。


「草木が生えているけど……、魔物の気配がしない……?」


 部屋の光景にそう呟くミナト。そこは一面緑に覆われた空間だった。先ほどまでの洞窟とは全く違う光景である。もちろん第九階層までの暗い森とも全く異なりとても明るい空間に背の低い草木が生い茂っておりそよ風まで吹いている。一見すると穏やかな光景が広がっている空間だ。そしてこの空間内に魔物のような動いている存在は確認できない。


「うーん……。一見すると草木が生えているだけの明るい箱庭だけど……?」


 シャーロットがそう呟きつつ怪訝な表情になる。


「シャーロット?」


 ミナトがシャーロットへと視線を移すが美しいエルフは何かを感じ取ったのか怪訝な表情のまま何やら考えているかのように黙り込む。


『マスター!何かイヤな感じがしまス!警戒でス!』


 ピエールの念話が届く。ピエールも何かを感じ取っているらしい。短剣を構えつつ周囲を警戒するミナト。しかし周囲にあるのはよく背丈は低いながらもよく生い茂った草木があるばかりで……、


「きゃっ!?」


 シャーロットからそんな声が聞こえ、思わず彼女の方へと振り返るミナト。するとどこから現れたのか全く気配を感じさせずに動いている数本の太い蔦らしきものがシャーロットの手と足に絡みつきちょっとあられもない系の格好で縛り上げようとする。


 瞬時に現在の肉体において可能な限り身体強化を施したミナトがシャーロットへと巻き付く蔦に斬りかかるのと、シャーロットが纏っている漆黒の外套ピエールが酸弾で脱出を図るのがほぼ同時であり、一瞬の内にシャーロットが解放された。


「気配を感じなかった!?シャーロット!大丈夫?」


「私は大丈夫よ。ちょっとびっくりしただけ。でも私も何の気配も感じなかったわ。私を相手にして気配を感じさせないなんて……」


「スミマセン。ワタシも分かりませんでした」


 ミナトもシャーロットもピエールも索敵能力には自信がある。魔法が使えない空間が殆どのダンジョンだったが第九層などでは索敵能力は普通に使えていた。


「空間が特殊なのか、特殊な魔物が攻撃をしてきたか……?」


 再び周囲を警戒するミナト。やはり魔物の気配は感じない。だが先ほどは間違いなくシャーロットが攻撃を受けた。それは間違いない。この一見すると穏やかな空間が自身の索敵能力が通用しない空間であるという事実に吐き気を催すほどの気味の悪さを感じるミナト。短剣を構え身体強化を全開にして全方向を警戒する。


「これってもしかして……」


 シャーロットがそう呟くと同時に深い思考の海へと落ちるかのように沈黙して考え込む姿勢を見せた。


「ピエール!きっとシャーロットがこの部屋の攻略法を知っている。シャーロットが戻るまで周囲を警戒だ。シャーロットに蔦一本触れさせるな!」


『『『『『ショウチしましタ!』』』』』


 そして身体強化を全開にしたミナトの剛剣とピエールの酸弾で近寄ってくる太い蔦を迎撃すること数分……、


「ピエールちゃん!分裂して周りを固めて頂戴!そしてその外側にある植物を酸弾で攻撃してほしいの!」


 何かに気付きハッとしつつ顔を上げたシャーロットが急いでピエールにそう指示を飛ばすのだった。

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