第447話 そして飛び立った
王都の路地裏でその歩みを進めていたザイオン=オーバスは王都の暗がりとも表現できそうな裏街の片隅に建てられた一軒の屋敷に入るところまでを王家の影達に確認された。
しかし、そのザイオンの行方に王家の影達は戸惑いを隠せなかった。
彼らは諜報活動を専門とする特別に訓練された騎士たちである。当然、その活動のため王都の街並みは隅から隅まで完璧に把握しているはずであった。そうであるはずにもかかわらずザイオンの行方を追っていた王家の影達全員が彼が入った屋敷に関する情報を一切持っていなかったのである。
こんな事はありえない。何らかの魔法な方法でこれまで隠蔽されていた可能性を考慮した王家の影達は屋敷を監視するとともに、この情報を大至急王城へと届けるのであった。
「ようこそお越しくださいました。と言いたいところですが、私には理解できませんなぁ。あなたもご自分がどのような状況に置かれているのかをご存じのはずだ。このタイミングでなぜをこの屋敷に?」
屋敷のエントランスを抜けた先にある大きなホールでそうザイオンに声をかけてきたのはこの屋敷の主……、とザイオンが認識している一般的な貴族服と呼ばれる装いに身を包んだ人物。冷徹な笑みを浮かべており、その身の立ち姿には一切の隙が見当たらない。
この男はいつもこの態度でザイオンに接する。そして屋敷にいるのは、いつもこの男だけであり、ザイオンは使用人を見たことがなかった。
「嫌疑が晴れたとして解放されたのだ。そしてそなたからの会いたいという伝言を受け取ったから……」
ザイオンの回答に、呆れたような笑みを浮かべつつホールの天井を仰ぎ見る男。
「おやおや……、そんなことを鵜呑みにしてここまでいらっしゃったと?ふふ……、あは…、あははは……。いや全くもって最低だ。王城には優秀な者が多い……。きっと何もかもが台無しです。これはあなたを選んだ私のミスということになるのでしょうね……」
悲劇の舞台を演じる舞台役者の如き、大げさな動作と共に男がそう嘆く。
「どういうことだ!?」
ザイオンが言葉に怒気を含ませつつそう問い質す。
「今日、ご自身の身に起こったことをよく考えてください。あなたは冒険者ギルドで先代の公爵家当主とこの国の宰相というこの国の重鎮二人の手を煩わせて拘束されているんですよ?そんな人物がこんなに早く解放されると思いますか?」
「それは……」
「そして私はあなたにお会いしたいなどといった言伝など頼んだ覚えはありません。決められた合図があった場合のみ、この屋敷を訪れると言う取り決めがあったではありませんか?」
そう言い放つ男。
「恐らく解放されたという認識を持っているのは、あなただけでしょう。王城ではあなたは脱走……、いえ、あなたの実家やそこ連なる愚かな貴族があなたを庇うために余計なことをしたとの報告がありましたね……。ということであればもう少し複雑な状況かもしれません」
「なぜそんなことに……」
ザイオンが呆然と呟く。貴族がなんらかの嫌疑をかけられた場合、貴族らしく堂々と申し開きをすることが貴族のあるべき姿とされている。
それをしない、さらには脱獄まで行う、それが貴族にとってどれほど不名誉なことか……、ザイオンが真っ青になって震え始める。ことの大きさを理解し始めたらしい。
「ま、貴族間のゴタゴタはよく分かりませんが、少なくともあなたが解放されたのは、あなたをこの場所へと来させるためでしょう。もうこの屋敷は王家の影共に包囲されているでしょうな」
やれやれといった風な男。屋敷が特定されたというのに危機感も緊張感も見られない。
『なぜだ……、なぜ……』
一方のザイオンは混乱し始める意識の中でその言葉を繰り返す。
きっかけは冒険者になりたての頃、貴族としての付き合いはあったため、父の勧めで出席したとあるパーティーだった。
「これはオーバス家のザイオン様!」
言葉巧みに擦り寄ってきたのが自分に冷笑を向けている男である。男は尊敬する兄の侯爵家相続を邪魔しないため進んで冒険者となろうとしているザイオン褒め、持ち上げ、とても素敵な女性をあてがった。
当時十代後半だったザイオン。残念ながら彼は自身の決断を肯定するこの男を疑うことができなかった。その男に勧められるままに『身体強化用の魔道具』としてネックレスを身につけるようになったのもその頃だ。
実際、実力が向上し階級を上げることもできた。だがそれと同時に心の中に優秀な兄が貴族として残すであろう功績と遜色のない偉業を冒険者として残したいという強烈な欲求が生まれることとなった。こういった彼の実力向上も心境の変化も禁忌の魔道具である『
しかしこれまでの過程でザイオン自身にも冷笑を浮かべるこの男にも気付けていなかったことがある。ザイオンが心の奥底に密かに抱えていた兄への劣等感というものが想像以上に大きなものだったのだ。彼はその思いを幼い頃から厳しく躾けられた貴族的な礼儀正しさで心の奥に封印していたのである。
そんなザイオンを前に男がため息をつく。これは男にとっても完全に予想外の事態であったらしい。
「やはり私の人選ミスですね。あなたがお兄様にそれほどの劣等感を抱いているとは思いませんでした。その劣等感に『
そう言い終わるのと同時にザイオンに足下に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「これは一体!?」
そう声を上げるザイオンだが既に身体が動かない。
「私はこれで失礼します。転移の魔法陣は一度しか使えないので。本当は王都の崩壊を見届けてからのハズだったんですが……。あなたにも最後の舞台を用意して差し上げますよ。私達の研究成果……、その貴重な実験体としてせいぜいこの街に混乱を巻き起こしてくださいね」
そう言い残して男の姿が掻き消える。なおも輝くザイオンの足下にある魔法陣。すると魔法陣から何にかがその姿を現した。
「な?なんだ!?これは何なのだ!?ウワァァアアアアアアアア!!」
ザイオンが絶叫する。
それは下半身は幾種類かの魔物のそれを継ぎ足して造られたかのような縫い目も痛々しい巨大な二本の足で構成され、上半身……、そう言っていいのかすら分からないが、足より上は盛り上がった巨大な肉塊に乱雑かつ巨大な歯を並べた口が一つだけ。そして口がついている肉塊には夥しい数の人族や亜人のパーツがこれでもかと填め込まれている魔物と呼んでいいかもわからない存在。
その巨大な口が一息にザイオンを飲み込む。一瞬の出来事だった。
するとザイオンを飲み込んだ巨大な存在の身体が徐々に崩れ始める。そうして大部分が崩れ去った後に残されたのは大きな黒い翼の生えた人型の魔物……、いやゴーレムだろうか……。
「ワタシハ……、エイユウニ……」
そう呟いた瞬間、ホールの天井を突き破って人型のゴーレムが夜の王都に飛び立った。
屋敷の周囲を囲んでいた王家の影達から人型の魔物が王都の南西へと飛び去ったとの報告が王城へともたらされるのは十数分後のことである。
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