第405話 アースドラゴンさんにお礼(アルゴンクィン完成)

「う~~~ん……、とってもおいし~れす~~。ますたあ!も~いっぱいいたらけますでしょ~か~?」


 グラスを持った状態でカウンターにもたれかかるエプロンドレスの女性がそんなことを言ってくる。エプロンドレスでは隠し切れない妖艶な肢体、上気した頬、とろんとした目……、全部まとめて非常に色っぽい。


「ちょっと飲み過ぎじゃないかな?次が最後の一杯ということで……」


「え~……、もっと頂きたいれしゅ~」


 へろへろに何りながら頬を膨らませて言ってくるのは里でお留守番をしていた一体のアースドラゴンである。


「ここは里の中だから大丈夫だとは思うけど……?」


 ちょっと心配でそう呟いてしまうミナト。こうなった理由は簡単でミスリル鉱石とオリハルコンを用意してくれたお礼をミナトが提案したところ、カクテルが飲みたいとお願いされたことにある。一応、クリスタルゴーレムは全部で百二十階層ある『地のダンジョン』の第百階層辺りで出現するとの情報も取得済みである。


 ここアースドラゴンの里だけでなく、レッドドラゴンの里もブルードラゴンの里もミナトが来訪した時にカクテルを造ってもらうためのBar的な空間が用意されていた。ちなみにアースドラゴンの里は多種多様なウイスキー、レッドドラゴンの里ではミナトの要望で様々なタイプのテキーラがバックバーにずらりと並び、ブルードラゴンの里では魔道具で温度・湿度管理を徹底した大きなワインセラーを用意している。


 最近ではカクテルに興味を持った一部のドラゴンたちがカウンターに立ってちょっとした水割りやソーダ割りなどを造っているらしい。一度、本格的に教えてほしいと言われており、新居が完成したら各ドラゴンの里に行ってこようと思ったりしているミナトであった。


 そんなアースドラゴンの里に造られたBarスペースでミナトはお礼ということもありオーダーされるままにウイスキー・ソーダ、マンハッタン、ラスティ・ネイル、ゴッドファーザー、ロブ・ロイと造ってきた。


『お店じゃないからって造り過ぎかな……。でも最後の一杯は……』


 てろてろになっているアースドラゴンさんを前に最後の一杯を考えるミナト。だがここでノンアルコールカクテルを造るようなミナトではない。


 そうしてミナトはまだ造っていなかったカクテルを思い出す。しっかりとアルコールが入っているが甘くさっぱりと頂けるショートカクテルを造ることに決めた。


 ミナトはショートグラス、ジガーとも呼ばれるメジャーカップ、シェイカーを用意する。そして材料はバーボン、ドライ・ベルモット、そしてレッドドラゴンの里産のパイナップル。これくらいの材料は【収納魔法】の収納レポノによる亜空間に常備している。【闇魔法】の悪夢の監獄ナイトメアジェイルで生み出した漆黒の鎖でパイナップルをぎゅーっと絞ってフレッシュのパイナップルジュースを入手する。


 ここだけでなくドラゴンの里にあるBarスペースには魔道具の冷蔵庫と冷凍庫が備え付けられている。この魔道具はロック用とシェイク用の氷を作ってくれる優れモノだ。


 ショートグラスを冷凍庫で冷やし、シェイカーにバーボンを五十mL、ドライ・ベルモットを二十五mL、パイナップルジュースも二十五mL……、これが基本だがバーボンを少し多めがミナトの好みだったりする。


 材料をシェイカーへと注ぎ、冷凍庫に造られていたシェイク用の氷をシェイカーに入れストレーナーとトップを被せる。流れるような所作で構えると素早くシェイク。しっかり混ぜ合わせつつ適温まで冷やす。


 相変わらずその所作は美しい。


 シェイクが終りシェイカーからトップを外すと出来上がったカクテルを冷凍庫から取り出したカクテルグラスへと静かに注ぐ。ショートグラスにパイナップルジュースの黄色が映えるカクテルが出来上がった。


「本日の最後の一杯ですよ……、どうぞアルゴンクィンというカクテルです」


 ミナトは笑顔でグラスをアースドラゴンさんへと差し出す。


「キレイです~。頂きますね~」


 さっきまでてろんてろんだったとは思えない程の優雅な所作でショートグラスをその美しい唇へと運ぶアースドラゴンさん。ナタリアと同様にその大人っぽい美しさと艶っぽさは抜群である。


「甘くてすっきりです~。とても美味しいカクテルですね~。私達のお酒を使用してこんなカクテルもできるのですね~。素晴らしいです~」


 その満足気な様子にミナトが、


『そろそろお暇させて頂こうか……』


 と思っていると、アルゴンクィンを飲み終わったアースドラゴンさんがこちらをじっと見つめていて……、


「マスタ~……。聖水が自由に使えるようになったので温泉施設が復活したんですよ~。遠いところをいらっしゃって頂いたわけですし~、よかったら汗を流していかれませんか~?」


 妙に熱っぽい視線が魅力的だが何やら猟犬に睨まれているような気がしないわけでもなくちょっと怖くなるミナト。


「い、いや……、おれもこの素材を届ける先があるのでこの辺で……」


 酔っぱらって頬の赤いお留守番のアースドラゴンをBarスペースに残し、そそくさとアースドラゴンの里を後にしようとするミナト。


 帰りにクリスタルゴーレムの魔石を獲るつもりで、Barスペースを離れ小走りで第百階層を目指して上へと向かう階段に移動しようとして……、


『!!!』


 突然、背後に迫る何かの気配を感じて身体強化魔法を全開に横っ飛びで気配を躱す。


 ドゴォオオオオオオオオ!


 直前までミナトのいたところにちょっとしたクレーターができていた。ミナトの額から一筋の汗が流れる。


「マスタ~!ヒドイです~!カクテルまで頂いたのですからもっとオモテナシをさせてください~!」


 気配の主はさっきまでカウンターで飲んでいたお留守番役のアースドラゴン。見た目の美しさは変わっていないのだが様子がおかしい。それに何故か手甲を装着しているのは何故なのか……。どうやら……、


「酔ってる!?そして絡み酒的なやつ!?やっぱりアースドラゴンって戦闘狂?」


「え~?酔っていませんよ~」


『ゼッタイ酔っている……。ドラゴンだから人と酔い方が……?それともこのアースドラゴンさんがこんな酔い方……?』


 ミナトがそんなことを考えながら冷汗を流していると、


「マスター~!温泉入りましょ!温泉~!」


 その言葉がミナトの耳に届いた瞬間、既にミナトの眼前に移動しているアースドラゴンさん。酔っている効果からなのか戦闘中のナタリアと比べても遜色ない凄まじい速度だ。そして何故か既に拳を振りかぶっている。命の危険を感じるミナト。


『ヤバい……』


 しかし酔っぱらったアースドラゴンさんの拳は虚空を貫いた。


「あらあら~?」


 既にミナトの姿はない。【闇魔法】の絶対霊体化インビジブルレイスを発動したミナトは身体強化魔法を全開のまま一目散に『地のダンジョン』の第百階層を目指すのであった。

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