第375話 その名を呼ぶことは……

 ルガリア王国の王都近郊に出現した新しいダンジョン。その第五階層でミナトたちが遭遇したのは真っ黒い生地に金色の稲妻のような模様が入ったローブを纏った男であった。


「悪いけどあの趣味の悪い紅いローブの奴ならもう来れないわ!」


 そう言い放つシャーロットの視線は鋭い。


わたくしがお相手をさせて頂きました」


 愛用している鉄塊……、じゃなくて大剣を肩に担ぎつついつもの調子でナタリアがそう宣言する。


「おお!その姿……、そしてその大剣……、知っています。知っていますともそのお姿!そしてかつての蛮勇はしっかりと私達の間に語り継がれています!あなたこそ我らの宿敵!鉄塊の女王ではありませんか!」


 慇懃な態度を崩すことなく芝居がかった様子と口調でそう声を上げる男の視線はナタリアに釘付けだ。


「では彼はあなたが持つその偉大なる大剣の前に敗れたのですね!おお!公明正大にして敬愛すべき偉大なる魔王様!王都へ進攻しようとするこの私にこれ程の試練と復讐の機会をお与え下さるとは……」


 まるで舞台上でスポットライトの光を浴びているかのような状態でそんなことを言ってくる。


『シャーロット?二千年前の魔王って公明正大だったの?』


『まさか!自分勝手な理想を押し付ける形で混乱と殺戮に満ちた世界を創ろうとしたから、表現するなら対義語よ!専断偏頗せんだんへんぱね!』


『何その難しい言葉?』


専断偏頗せんだんへんぱは勝手に自分は正しいと思い込み、考えが偏っている様子って感じかしら?』


『それにしてもアイツ……、ナタリアを前に喜んでいるよね?大丈夫なのアレ……』


『どうやら二千年前にナタリアたちアースドラゴンが滅ぼした一派の後継らしいわね……。あの連中は異常者の集まりだったからいろいろな派閥みたいなものがあったらしいのよ』


 どうしようもない物に向ける無感情な視線を男に向けつつ念話でそんなやり取りをしているミナトとシャーロット。だが芝居がかった男の台詞はなおも続く……、


破滅の魔女デモン・スレイヤー亡きこの世界において、ここで鉄塊の女王を斃せばもはや私達の歩みを止める存在はありません!これぞ僥倖!これぞ好機!」


 歓喜に打ち震えるとはこの姿と言わんばかりに自信を抱きすくめつつ声高にそう宣言する男。だが……、そんな男に構うことなく巨大な大剣を放り投げナタリアが頭を抱えてその場に蹲る……、ちらりと見えるその顔色は真っ青だ。そして、


「シャーロット……?」


 ミナトはそう呟くのが精一杯だった。魔力や気配を感じたわけではない。その証拠に目の前の男はまだ朗々とよく分からない口上を述べている。だがミナトは動けなかった。今、この場で動いたものは……、


『確実に……、滅ぼされる……?』


 ただ一点そのことだけで心の中が埋め尽くされるような感覚に陥ったのである。


「おお!鉄塊の女王もお連れの方も破滅の魔女デモン・スレイヤーの名は恐怖と共に知っていましたか!そうですとも!二千年前の大戦の折、突如としてその存在をこの世に現し、強力な魔物達を次々と偉大なる魔王様の下から離反させ、仇なす者は敵味方の区別なく等しく引き裂き、喰いちぎり……、そしてその全てを焼き滅ぼす。最後にはあの偉大なる魔王様までを封印した私達にとって最大の仇敵にして伝説の魔法使い!」


『あれ……、それってもしかして破滅の……』


 動けない状態でもミナトの頭には一人の人物が思い浮かび……、


「しかしそんな破滅の魔女デモン・スレイヤーはもういません!二千年の時をかけて私達は彼女の所在を掴んだのです。その姿形こそ不明のままでしたが、私たちの叡智は彼女がここ数百年にわたり大陸の東にあるアムル帝国にいたことを突き止めました。そしてあの魔導炉の爆発事故!あの凄まじいまでの魔力の暴走こそ破滅の魔女デモン・スレイヤーがその滅びを迎えたことの証左!最大の脅威は潰えました!ここでお会いできた鉄塊の女王さえ斃せば私達の宿願は叶うのです!今こそ王都を私達のものとする時なのです!!」


『やっぱり……?』


 聞いたことのあるエピソードでミナトは確信に至った。その瞬間、


「!」


 全身を貫くようなその衝撃になんとか耐えるミナト。傍らで爆発的に魔力が膨れ上がったのだ。


 ふるふる。


 外套ピエールが恐怖に震えているのを感じる。


 その魔力は氷よりも冷たく炎よりも熱く感じて……、これまでに経験したことがないほどの凄まじい魔力の奔流であった。その魔力の持ち主こそ……、


「私の前でその名を堂々と口にして……、このまま世界に存在し続けることができるなんて思わないことね……」


 かつて見たこともないほどの好戦的な笑みを浮かべたシャーロットが魔力の中心に立っていた。

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