バーテンダーは贈り物を考える

第358話 イベント発生?

 ここはルガリア王国の王都。季節は本格的な冬である。この世界には電気を利用した暖房設備は存在しない。


 こういった中世ヨーロッパに近い異世界では薪や食料の確保といった冬ごもりの準備が大変であるというのが異世界テンプレの一つではある。


 だが豊かなこの王国では住居に関しては低価格の魔石で使用できる温度管理用魔道具の設置が義務付けられているためどこへ行っても室内は快適だ。そして食料に関しては秋からの貯えに加え、大河ナブールまで続く運河による水運で十分な量の物資を確保することができる。そのため真面目に働いてさえいれば冬を越すことは十分可能とされていた。


 夏に比べるとかなり早めに山の端へと陽が落ちた王都の一角で、今夜もミナトはBarのカウンターに立って接客中である。今日はミナトの一人体制。


 シャーロット、デボラ、ミオ、ナタリア、オリヴィアの五人はずっと家の建築にかかりきりだ。今日はピエールにどうしても相談したいことがあるとのことでいつもは応援してくれるピエールまでもが、グラスや食器を取り込んで浄化するための何体かの分裂体を残して大森林へと赴いてしまっている。シャーロットが『やっぱり堀に関してはピエールちゃんに……』と話していたような気がして少しだけ気になるミナトであった。


「そういえばもうすぐ冬祭りじゃな……」


 そんなことを言ってきたのは王都でガラス工芸家をしているドワーフのアルカン。ミナトのBarの常連であり、ミナトが店で使用しているグラス全ての作製を請け負っている腕利きの職人である。今いるお客は彼一人。


「冬祭り……?そんなイベントがあるのですか?」


 そうミナトが聞き返すと、


「ん?ミナト殿は知らんのか?そう言えばミナト殿が王都に来たのは今年の春であったな……」


 そう言いつつ手に持ったロックグラスに入っている琥珀色のカクテル……、ゴッド・ファーザーを一口呑んで、


「このとおり王都は発展した大きな街じゃが冬は雪が多い。今でこそこの街は温度調整の魔道具や運河による水運で冬でも寒さや物資の不足を恐れることはほとんどなくなっておる。じゃが、昔はそうではなかったようで王都の冬はかなり厳しかったらしいのじゃ。そんな厳しい環境で深い雪に埋もれ何もしないままでは心も沈みがちになってしまう。それを何とかしたいと考えた何代か前の国王……、かなり前の代になる国王の筈じゃが、その国王が気分だけでも盛り上げようと冬の祭りというものを考えたと聞いておるな……。最初は気分を盛り上げるだけじゃったのだろうが、ここ何十年間は街のあちこちにあるマルシェもここぞとばかりに商品を並べるし、軽食を食べさせる露店もかなりたくさんの種類が出る。もちろん従来ある店も歓楽街も盛り上がるぞ?」


「へぇー、そんなに盛り上がるお祭りなんですね……」


 ミナトは元いた世界の日本、それも北海道の出身だ。冬の有名どころのお祭りとして札幌や旭川……、層雲峡のお祭りだって知っている。


『雪像とか氷像とか造るんだろうか……?あと層雲峡だと氷のトンネルのライトアップ?』


 そんなことを考えていると、


「……ミナト殿?そんな悠長に構えておって……、本当に大丈夫なのか?」


 憐れむような……、というか訝しむような……、というか不思議で複雑な視線と共にアルカンがそんなことを言ってくる。ただし、その視線は真面目にミナトを見据えていた。


「えっと……?大丈夫なのか?……とは?」


 冗談やふざけているようにはとても見えないアルカンの様子に聞き返してみるミナト。


「そうか……。ミナト殿は何も知らぬのじゃな……。幸い店内は儂とミナト殿だけじゃしな。これは年長者としての助言じゃ!心して聞くがよい!」


「な、なんでしょう?」


 若干の緊張を見せつつ、そう応えるミナト。そんなミナトの様子にアルカンは、


「王都の冬祭りでは互いに大切だと思っている者同士がその相手へ贈り物を贈る習慣があるのじゃ。ミナト殿……。お主は何人分が必要じゃ?きちんと準備は出来ているのかの?それに今年は王家の伝統儀式である『王家の墓への祈り』が数年ぶりに復活した。『王家の墓への祈り』で王国の繁栄を願い、冬祭りで自身の幸福を願う、この二つは対で語られるようなものなのじゃよ。『王家の墓への祈り』が復活した今年は熱量も多かろう」


 そんな説明をしてくれた。思わぬ内容にミナトの表情へ焦りが浮かぶ。


「失敗は許されない。そういうことじゃと儂は思う」


 そう言って『冬祭りまでもうそれほど時間はないぞ?』と笑いながらゴッド・ファーザーを呷るアルカン。


『そうなんだ……。どうしよ……』


 突然発生したプレゼントイベント。どうせなら皆が喜んでくれる贈り物をしたい。そう考えつつミナトはもう随分と飲んだアルカンへ最後の一杯について提案するのであった。

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