第357話 ゴッド・ファーザー完成

 ミナトはカウンターに立つ。取り出したのは先日、現国王のマティアスから贈ってもらった一本のボトル。それを見て思わず笑顔になるミナト。


「念願のアマレット・ディ・サローノを手に入れたぞ!って言ってみる……」


 ドラゴンを探求するRPGの効果音と異なりこの台詞の場合はその後がちょっと不安な展開が待ち受けるのが定番だがここはミナトのBarである。そんなことを考える者がいた場合はピエールの酸弾で瞬殺されるだろう。


『マスター。それがあまれっと・でぃ……?たしかサンクタス・アピス聖なるミツバチの雫と燻り酒で造るドランブイとはまた異なる甘いカクテルが造れるとか……?』


 そう念話で問いかけられたミナト準備を進めながら、


『そう!アマレット・ディ・サローノ。ずっと欲しかったお酒でさ。やっと手に入ったよ。これでゴッド・ファーザーというカクテルを造ります!』


 そう念話で宣言しつつ、ロックグラスを用意する。


 第二王女のアナベルはまだ十一歳ということで今日はオレンジジュースでだ。


 それでも六杯同時はちょっとということで、王家の二人のカクテルを先に造る。シャーロットにお願いして作ってもらっていた氷を冷凍庫から取り出し、アイスピックでかち割氷を作成する。ロックグラスにちょうどいい大きさのかち割氷を二個がミナトの基本なのだ。


 カランカラン…。


 かち割氷を二つずつ二つのロックグラスへと入れる。そうしてミナトはバースプーンを手に取り氷を回してグラスの温度を下げると溶けた氷の水分を切る。そこにジガーとも呼ばれるメジャーキャップを使ってウイスキーを四十五mL、アマレット・ディ・サローノを十五mL注ぎ、バースプーンで静かにステア。


 ミナトが問題にしたのはここで使うウイスキー。


 ミナトはこのカクテルに合わせるウイスキーを探すためここ数日をかけてアースドラゴンの里に通いつめた。里に赴いて再度ウイスキーを味見させてもらっていたとき、アースドラゴンたちがグレーン・ウイスキーも造っていたことに気付いたミナトはお酒造りに特に詳しいアースドラゴンにお願いしてグレーン・ウイスキーに個性的ないくつかのモルト・ウイスキーをブレンドしてくれるようにお願いした。その際のブレンドの割合はモルト・ウイスキーが六十五パーセントにグレーン・ウイスキーが三十五パーセント。ミナトの世界にあったクラシカルブレンドと呼ばれる手法を異世界のウイスキーに大胆に導入した結果、突貫工事ではあったがミナトが美味いと思えるブレンデッド・ウイスキーを造ることができた。


 今回はこのウイスキーを使うことにする。ちなみに各種のウイスキーをブレンドすることで新たな世界が開けることを発見したアースドラゴンの里では様々な組み合わせの研究が行われているとのことだ。いつかはバランタインのような傑作が生まれてくるかもしれないと思うと期待してしまうミナトであった。


 ここでいったん味見をする。


 その味を確かめて会心の笑みを浮かべるミナト。このカクテルを二杯。そして同じかち割氷が二つ入ったロックグラスをもう一つ用意してそこにはオレンジジュースを注ぐ。このオレンジはもちろんレッドドラゴンの里で採れた極上のオレンジを使用している。


 そうして二杯のカクテルと一杯のオレンジジュースをオリヴィアが静かにマティアス、マリアンヌ、アナベルが座っているテーブル席へと運んでくれる。


「どうぞ……。ゴッド・ファーザーとオレンジジュースです」


 そう言ってカクテルをテーブルへと置くオリヴィアの所作は相変わらず美しくて素晴らしい。王家の父娘三人は興味津々といった様子でロックグラスに手を伸ばした。


「頂こう……、ほお……。これは甘い……、甘いが燻り酒との相性もまた見事……。そして濃厚な甘さをと燻り酒の濃厚さをしっかりと感じるが思いのほかすっきりとしているのだな……」

「頂きます……。……美味しいですわ!このお酒にこんな飲み方が合うなんて……。ラスティ・ネイルと似ていますが、杏子といいますかアーモンドといいますか……、その香りが特徴になりますわね……」

「このオレンジジュース美味しいですわ!こんなに美味しいオレンジジュースは飲んだことがありません!」


 どうやら王家の皆様方には好評のようだ。そんなテーブル席の様子を視界の端に捉えつつ、ミナトはあと四杯のゴッド・ファーザーを造り上げる。


「どうぞ。ゴッド・ファーザーです……」


 そう言ってミナトはモーリアン、ミリム、ティーニュ、カレンさんの前へとグラスを差し出した。


「頂こうか……。これはよい!そのままでは甘すぎると思っていたのだが、このカクテルは美味い!これは……、使われている燻り酒が美味いのじゃな!?見事な味と香りがするぞ?」

「頂きますね……。……これはおじい様の言う通りです。使われている燻り酒が気になりますね。とても美味しい燻り酒です!」

「美味しいです……」

「これは素晴らしいです。ラスティ・ネイルと迷ってしまいますね。それにこの燻り酒を使ったラスティ・ネイルに興味が出てきました」


 こちらも好評のようだ。特にモーリアンは燻り酒が好みであるため用意したブレンデッド・ウイスキーに興味があるらしい。早速、二杯目にこのブレンデッド・ウイスキーを飲むつもりのようだ。


 店内が楽しい会話で盛り上がる。今宵の宴はまだ始まったばかりだ……。


 残りの席は近衛騎士で埋められている。今日はこの貸し切り状態が店仕舞いまで続くことになるだろう。


 外では今夜も深々と雪が降っている。この世界にやってたとき季節は春だったがとうとう冬が始まった。そしてもうすぐ年が明ける。これから先どんなお酒と冒険に巡り合えるのか……。そんなことを頭の片隅で考えつつ、ミナトは飲めない近衛騎士の皆様には軽食を、マティアス達には二杯目のカクテルを提案するのであった。

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