第356話 ミナトのお店に集まったお客
ウッドヴィル公爵邸でのささやかな宴から数日、ずっと雪が降り続いていた冬の王都は完全な銀世界である。雪がない時期でも荘厳で美しい街並みを誇る王都だが、雪が積もることで王都の纏う空気はより幻想的なものとなっていた。そして今日は闇の日。明日が一般的な休日である無の日であるため今日は歓楽街も混むのだろう。
この世界の移動手段にミナトが元いた世界のような便利な乗り物は存在していない。そのため積雪のある冬は陸路での流通が滞る。ここ王都はやや離れたところを流れる大河ナブールまでの運河が造られているため、冬場でも水路による物流が可能であり、夏ほどではないが流通が滞るという訳ではない。そのためマルシェと呼ばれる市場や歓楽街の活気は夏場ほどではないにしろ、この幻想的な冬の王都の街並みに活気を与えていた。
そしてここ最近、王都はさらなる活気に包まれている。きっかけとなったのはルガリア王国の第一王女であり、体調不良のため公務から離れてたマリアンヌ=ヴィルジニー=フォン=ルガリアがその体調を回復したことが大々的に発表されたことだ。第一王女としてその美貌と伝え聞こえる聡明さで王国民の期待を集めていたにも関わらず、体調不良ということで公の場になかなか姿を現わすことができなかった彼女が、健康的な笑顔で発表の場へと姿を現わしたことで王国民は熱狂した。
さらにここ数年は魔物の危険性を考慮して実施されていなかった王家の伝統儀式である『王家の墓への祈り』を妹の第二王女であるアナベル=ブランディーヌ=フォン=ルガリアを従え立派にやり遂げたという発表がその場で続き、王都は歓喜に包まれたのである。
そして時刻は既に夕刻。ミナトはBarの開店準備を終えていた。開店直前の店内では虹色の球体バージョンであるピエールとその分裂体さんたちが野球ボールくらいの大きさで店内のあちこちをコロコロと転がっている。遊んでいるようにも見えるが、実はそうでもない。ピエール自身は楽しんでくれているのだが、その実、開店前の掃除を終えた店内をその仕上げとばかりに転がっては微細な埃や汚れを吸収・分解してくれているのである。もう何と言えばいいのか……、有能さが本当にスゴイとミナトは思っている。
『分裂体が簡単に出せるのであればこんなこともできるの?』とミナトが聞いた結果であった。
「ピエール!いつもありがとう」
『これくらいなんでもありませン~』
「それくらいで大丈夫。開店にしようか?」
『はーイ!』
そう答えて分裂体を消したピエールはふよんふよんと飛び跳ねて、一つだけある四人掛けのテーブル席近くの棚へと移動する。そこがピエールにとって最近のお気に入りらしい。そこで青色になってふよふよと揺れていると可愛らしいオブジェに見えるらしくお客さんにも好評だったりする。時々、お菓子などを貰っているようだ。
「お通しの準備も完了しました」
ピエールに続いてそう言ってくれたのはオリヴィア。今日も純白の白髪によるショートボブと褐色の肌、黒を基調にした執事服のような衣装、キリっとした切れ長の目にオリーブの瞳、非常に整った顔立ちにスラリとした体形のイケメン風な超美人である。
「よし。開店しよう!」
ミナトはカウンターの下にある魔道具のスイッチを入れお客さんへの開店の合図となる店先と入り口付近の照明を点灯した。
今日はミナト、オリヴィアとピエールの三人体制である。
王都の東にある大森林の最深部で行われているミナトの新しい家の建設は継続中らしく、シャーロット、デボラ、ミオ、ナタリア、オリヴィアの五人はその作業に忙しいらしい。しかし今日は貸し切り同然の予約が入ったため誰かひとり手伝ってほしいとお願いしたところオリヴィアに来てもらうことになった……、とミナトは思っている。だが真相は今日初めて造るアマレット・ディ・サローノを使ったカクテルを狙った五人の美女による壮絶なお話合いの結果、オリヴィアに決まったという事実をミナトは知らない。
開店して数分……、
「「いらっしゃいませ」」
ミナトとオリヴィアがそう言って出迎えた今日のお客様はというと、
「ミナト殿。本日は無理を言ってすまない……」
「申し訳ありませんわ。でもどうしても待ちきれなくて……」
「お姉さまは本当に楽しみにされていましたものね?」
未だ名乗ることはしていないがここルガリア王国の現国王であるマティアス=レメディオス=フォン=ルガリア、第一王女様マリアンヌ=ヴィルジニー=フォン=ルガリア、第二王女様アナベル=ブランディーヌ=フォン=ルガリアがそう言いつつ入ってくる。
王妃様も『ゼッタイに行く!』と主張されたそうだが王家の主要な人物がお忍びを理由に同時に王城を空けるのはマズいため、国王様が平身低頭で懇願し次の機会に絶品のカクテルを紹介するということで話がついたらしいとミナトは聞いていた。王妃様が来店した際のカクテルに今から緊張感を覚えるミナトである。
「儂らはその父娘の付き添いとでも思ってもらえればそれでよいぞ?息子夫婦は今頃王城で王妃の相手をしておるじゃろうな……。それとロナルドの奴は領地へ戻る用事ができたとかでな。今日ここに来れないことを悔やんどった」
「ご相伴にあずかります」
そう話すのはここルガリア王国で二大公爵家の一つとされるミルドガルム公爵ウッドヴィル家の先代当主であるモーリアン=ウッドヴィルと彼の孫、つまり当主の長女であるミリム=ウッドヴィルである。
「今夜を楽しみにしていました。護衛ですが契約に入れて貰っていますから一杯は頂きますね?」
そう言うのはA級冒険者のティーニュ。ウッドヴィル家の二人の護衛という形での来店のようだが、一杯はカクテルを飲むことができる契約にしたらしい。
「私も呼んで頂き光栄です」
こちらは冒険者ギルドで受付をしているカレンさん。今日も冒険者ギルドマスターは不在とのことだ。未だにギルドマスターに会えていないミナトはもうカレンさんがギルドマスターじゃないかと本気で疑い始めていたりする。
ミナトの店はカウンター席十一と四人掛けのテーブルが一つ。
テーブル席は王家の三人。カウンターにウッドヴィル家の二人とティーニュにカレンさん。残る席は七つだがそこを埋め尽くすのは白い騎士服を纏った方々……、近衛騎士の皆様である。
今回の『王家の墓への祈り』はいろいろあったが無事に儀式を終えることができた。だが王都の近くで貴族が王家の者へ反旗を翻したのは事実。それを重く見た周囲の者の要請でたとえお忍びであってもこれくらいの近衛騎士を連れて行くようにとの強い進言があったのだとか……。冒険者のティーニュと異なり近衛騎士は流石に護衛中にお酒を飲むことはできないので、その分の別料金は頂いているミナトであった。
「さてと……。今日は皆さまアマレット・ディ・サローノを使ったカクテルでよろしいですね?あ、アナベル様はオレンジジュースですよ?」
「うむ。それで頼む!」
ミナトの問いに代表して現国王のマティアスがそう答える。少しだけアナベルの頬がぷうっと膨れているように思えるがっこは我慢してもらうミナト。
「畏まりました……」
そう言ってミナトはカクテルに取り掛かるのであった。
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