第355話 ルガリア王家に伝わるお酒

「ミ、ミナト殿……、実は今回のことで私から個人的にミナト殿へ御礼の品をお渡ししたいのだが……」


 そう言ってきたのは楽しそうに話をするマリアンヌに複雑な表情を向けていた彼女の父親である。ルガリア王国の現国王マティアス=レメディオス=フォン=ルガリアと名乗る気はやはり無いらしい。


『こんどお店に来たときはマティアスってことにしよう……。そう呼ぶことにする。それでいいや……』


 そんなことを思っていると、マティアスの傍らにいた従者が一本のボトルを差し出してきた。


「我がお……、我が家に伝わる秘伝の酒なのだ。かなり特殊な魔道具で創り出した酒に様々な素材を入れて造られている。ミナト殿は各地へ赴かれて酒を探しておられるとのことで、本当はもっと早くお渡ししたかったのだが、いろいろと外に持ち出せぬ事情があってな。娘からは早くBarへ持参すべきと言われていたのだが、この度、個人的な御礼の品ということでお渡しすることができたのだ」


わたくし達はそのままか氷を入れて冷やして飲みます。アプリコットのような香りが素敵なのですよ?夏場は牛の乳を使った氷菓子に少量かけるのもお勧めですわ。ミナト様でしたらきっと素晴らしいカクテルの素材にして頂けると思いましたのでお父様には以前からお願いしていましたの」


 ボトルを受け取りつつミナトは現国王のマティアスと第一王女のマリアンヌの説明から一つのボトルに思い当たる。


「ありがたく頂戴します。非常に興味深いです。今すぐにでも味見をしたいと思ってしまいますね……」


 御礼と共にそんな本心が口をついて出てきた。


「ふふふ……、そんなこともあろうかともう一本用意してある。この場にいる者であれば問題ないということにしたのでな」


「お父様?それは権力の乱用ではなくて?」


「決定権は私にあるのだ。それでよいではないか?」


 父と娘がそんなやり取りをする中、心得た従者やウッドヴィル家の使用人が出席者全員に琥珀色の液体で満たされた小さなグラスを運んで回る。全員の手にグラスが回ったことを確認した現国王のマティアスがそのグラスを掲げた。


「皆の者。此度の働き、誠に見事であった。そなた達とこの国に明るい未来があらんことを!」


「「「乾杯!」」」


 その言葉と共に皆がグラスを口へと運んだ。


「ふむ……。儂にとってはこのままでは少し甘い……。ジーニの方が性に合うがやはり味は見事、と言うべきじゃな」


 ルガリア王国で二大公爵家の一つとされるミルドガルム公爵ウッドヴィル家の先代当主であるモーリアン=ウッドヴィルがそう評したところ、


「父上……、この甘さがいいのではないですか?」

「そうですよ?ジーニのような強い酒はそろそろお控えになっては?」


 現当主であるライナルト=ウッドヴィルとその長女であるミリム=ウッドヴィルが反論している。


「久しぶりに飲むが美味い……。儂はこの味が好きなのだがな……」


 そう呟くのはもう一つの二大公爵家とされるスタンレー公爵タルボット家の当主であるロナルド=タルボット。彼はこの味がお気に入りらしい。


「……とても美味しいです」

「この甘さはクセになりますね……。それにしても王家秘蔵のお酒を飲めるなんて……」


 A級冒険者のティーニュと冒険者ギルドで受付嬢をしているカレンさんも気に入ったらしい。女性には人気の味のようである。


「甘いけどこれは美味いぜ!」

「ああ!高級感ってのがあるよな!」

「お前はギルドの酒場でジーニしか飲んだことがないだろうが?」

「ちょっとおれには甘すぎだが美味いってことは分かるつもりだぜ?」


 B級冒険者パーティの『鉄の意志アイアン・ウィル』の面々にもある程度は好評らしい。


「甘くてとてもオイシイデスネ~」


 ピエールも気に入ったらしい。


 そうしてミナトも手にしたグラスを口へと運ぶ。その香りは既によく知ったお酒の香りだ。口に琥珀色の液体を含むと、アプリコットやアーモンドを思わせるような甘い香りとふんわりとしつつもしっかりとした確かな甘み、それでいてすっと消える後口の良さ……。これは間違いなく……。


「これは間違いなくアマレット・ディ・サローノ……。見つけた……。まさかこんなところで出会えるなんて……」


 思わずそう呟くミナト。そして、


『ルガリア王家秘伝のお酒か……。でもアマレット・ディ・サローノってブランデーに色々な素材を加えて造られる筈で……。ブランデーもあるのか?でもかなり特殊な魔道具から創り出されたお酒って言っていたからブランデー的な何かかもしれない……。教えてはくれないんだろうな……』


 そんなことを思っていると、


「ミナト様!ミナト様ならこれを使ってカクテルを造ることができるのではないですか?」


 第一王女のマリアンヌがそんなことを聞いてきた。元気になってお酒好きになったのかもしれない。このまま行くとミリムの賢さとティーニュの武勇を誇るお酒が好きな第一王女が出来上がるのだろうか……。まだ十七歳の筈だ。何やら凄い女傑が誕生しそうである。それでいいのかとちょっと不安になるミナトだが、


「できますよ。ラスティ・ネイルって頂いたことなかったでしたっけ?」


「はい!あります!甘くてとても美味しいカクテルでしたわ!」


 第一王女が目を輝かせてそう答えてくる。


「あの甘さの基になっているお酒をこれに代えたカクテルがあります」


「それは!?な、なんて魅力的なカクテルでしょう!ミナト様のBarに行けば飲めるのですか?」


『第一王女様の喰いつきがなんかスゴイ……』


「ええ。ボトルを頂きましたからね。次回いらっしゃるときには用意しておきますよ」


 第一王女の迫力にタジタジになりながらそう答えるミナト。どうやらアースドラゴンの里でそのカクテルに合うウイスキーを探すことになりそうだった。

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