第353話 ささやかな?内輪の宴

「ミナト殿!娘たちが世話になった。心から感謝申し上げる」


 登場し、開口一番にそう言ってきたのはBarの常連の一人である壮年の男性。貴族の流儀に照らし合わせると未だに誰からも紹介されていない状態なのでミナトからすると名前を知らない常連さんである。身長一.八メートルはあるがっしりとした体躯、その表情は勇ましい彫刻像を思わせるかのように彫が深く眉間にも深いしわが刻まれていた。お忍びということなのだろう。平民のような簡素な衣服を纏ってはいるが髭も髪も丁寧に整えられている様子は当然のごとく彼が平民ではないことを示していた。同じ空間にいるティーニュは壁際に控えて軽食を楽しんでおり、いろいろと察してしまった『鉄の意志アイアン・ウィル』のメンバーは緊張で固まってしまっている。


 ここはウッドヴィル家の客間とも大会議室とも呼べるような大きな応接間。


 ミナトとピエールが叛逆を企てた騎士団やら冒険者やらを圧倒し、王家が『王家の墓への祈り』を無事に終えることができたことをルガリア国民へと宣言してから三日後、ミナトは王都にあるウッドヴィル公爵邸へと招かれた。今回の依頼達成について冒険者を労う宴を催すという。


 招待状には簡単な宴で出欠は自由との記述があったがさすがに公爵家の招待を断るわけにもいかず、ミナトは出席を決めた。今日もシャーロットたち美女軍団は我が家の建設現場のチェックで不在のためミナトは青いスライムに擬態したピエールを肩に乗せている。


 大きな応接室に通されたミナトを待っていたのは、ここルガリア王国で二大公爵家の一つとされるミルドガルム公爵ウッドヴィル家の当主であるライナルト=ウッドヴィル、その先代当主であるモーリアン=ウッドヴィル、長女であるミリム=ウッドヴィル、もう一つの二大公爵家とされるスタンレー公爵タルボット家の当主であるロナルド=タルボット、冒険者ギルドで受付嬢をしているカレンさん、A級冒険者のティーニュ、そしてB級冒険者パーティの『鉄の意志アイアン・ウィル』の面々であった。


 正式な名乗りも堅苦しい挨拶も不要とのことで簡単な挨拶を交わしていると、タイミングを見計らっていたかのように登場したのが、Barの常連である壮年の男性と、この国の第一王女であるマリアンヌ=ヴィルジニー=フォン=ルガリアと第二王女であるアナベル=ブランディーヌ=フォン=ルガリアである。


『どう考えてもあの常連さんがルガリア王国の国王……、えっと……、マ、マティアス……?マティアス=レメディオス=フォン=ルガリア……、だよね?もうここまでくると正式に名乗る気は無いんだろうな……』


 そんなことを考えるミナト。そうして冒頭の言葉のシーンへと辿り着く。


「いえいえ……、お二人をお守りできてよかったです。それで……、あの……、二人の近衛騎士は……?」


 ミナトは一番の気掛かりだったことについて問いかける。ミナトとピエールで出来ることは全てやったと考えてはいる。だが彼女達が王家を裏切ったのは事実であり、その処遇は気になっていた。


「そのことについてはカノン、カナン両近衛騎士の任を解き二人ともウッドヴィル家が統括する麗水騎士団預りとした。ミナトど……、ではない、ゴホッ!ゴホッ!ウッドヴィル家のカーラ=ベオーザからもたらされた証拠は確かなものだと認定された。あの二人には対処の方法がなかったことは明白。報告のような行動をとってしまったことについて直接の責任は無い」


 その通りであった。カノン、カナンという名の二人の近衛騎士は幼少の頃を王都の孤児院で過ごし、そこから第一王女と第二王女の傍仕えとして、そして将来の近衛騎士として抜擢された経緯がある。そのため出身である孤児院への愛着は深く近衛騎士として任ぜられた後も暇を見つけては孤児院に通い子供たちの世話をしていた。そんな孤児院の子供たちが人質に取られたのである。


『我らに逆らえば孤児たちの命はない。間者は王城にも多数いる。王家の者に相談した時点で孤児たちはこの世からその姿を亡くすだろう。我らの命に従い、我らの悲願が成就した暁には孤児たちを解放してやろう』


 そんな内容で縛りつけられていたようだ。その辺りの証拠は表向きはカーラ=ベオーザがウッドヴィル家の指示で集めてきたことになっているが、ミナトとピエールが王都のレンデール侯爵家の屋敷をそれはもう隅から隅まで念入りに……、敷地の全てがピエールの分裂体で覆いつくされて邪魔なものは全て溶かして瓦礫の山をつくりありとあらゆる資料を集めた結果である。もちろん人質は無傷で全員救出した。そうして貴族として致命的な様々な汚点がつまびらかにされたのであった。王城内の間者もその過程で全て特定され捕縛されている。


「だが結果として王家に叛逆する企てに加担したという事実だけが残っているためそのまま近衛を努め続けることは難しい。そのため麗水騎士団で一介の騎士からやり直す道を用意した。あの二人が再び近衛騎士をなった暁にはマリアンヌとアナベルにとって真に心強い護衛となろう」


『ふう……。やっぱりそのあたりが落としどころかな……』


 そんなことを思いつつ、ミナトは納得した表情を見せる。そうして国王らしき人物と話をしているとミリム=ウッドヴィルとカレンさんが近寄ってきた。


「ミナト様へのご報告ですが、あのダンジョンで捕縛した『黒鳥こくちょう』と黒鉄騎士団の団員については死罪となります。さらに王都の北に領地を構えるレンデール侯爵家は取り潰すことが決定したそうです。王都の屋敷があった土地は既に更地同然ですし……。レンデール侯爵領は一時的にですが王家の直轄とし、いずれは功績を挙げた貴族家のどなたかに下賜されるとのことですよ」


 そうミリムが教えてくれる。ミナトも集めた資料をチラ見したが、それは仕方がないと思えるくらいに酷い貴族家だったと思い返すミナトであった。


「A級冒険者パーティであった『白銀の鈴風』はあの騒動の直後に冒険者の資格を剥奪されています。そして昨日、とある街の宿で廃人同然となっているところをギルド職員に発見されそのまま捕縛、連行、無期限での投獄となることが決定しました。ですが『白銀の鈴風』へ依頼を行った貴族家については正式な手順を踏んだ依頼ではなかったことに加えて先方がそれを認めず……、さらにレンデール侯爵家からの証拠の中に『白銀の鈴風』の名前があったことから……」


 そんなカレンさんの報告に、


「レンデール侯爵家が全ての責を負わされる形になってそれ以上の追及はできない……?」


 そう返すミナト。『白銀の鈴風』が今回の護衛任務に参加したのは最終的に黒鉄騎士団や『黒鳥こくちょう』と同様にレンデール侯爵家からの推薦ということで幕が引かれるらしい。


「申し訳ございません……」


 カレンさんが頭を下げるが『気にしないでほしい』と応えるミナト。あのパーティ四人全員が作り物デコイの使い手……、さらにミナトやピエールでも初見で見抜けない程の作り物デコイの魔法を何故使えたのかという疑問は残る。だがミリムもカレンさんも『白銀の鈴風』へ依頼をしたと思われる黒幕の貴族家の名前をミナトに教える気は無いらしい。


『これを弱みとして何かの取引に使うか、他の貴族家との兼ね合いか……。それとも王家に他の考えがあるのか……。ここから先は貴族の暗闘……、おれが首を突っ込むことじゃない。だけど……』


「おれからも一つ質問してもいいかな?」


 ミナトの言葉にミリムとカレンさんは顔を見合わせるのであった。

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