第351話 全てを燃やし尽くす地獄の業火 再び

「後方にはエンシェントスライム。そして前に立つのはA級冒険者。こういう状況を劣勢と呼ぶのでしょうね……」


 ピエールの巨体とティーニュに挟撃される形であってもA級冒険者パーティ『白銀の鈴風』のリーダーであるディレインはニヤニヤとした気持ちの悪い笑みを絶やすことなくそう呟く。


わたくしがお前の能力を知らないとでも?」


 そう応えて対峙するA級冒険者のティーニュがメイスを構える。


「そう!私は作り物デコイ使いです。だからあなたがどのような攻撃をしても意味はないのですよ?」


 ニヤケ面をその顔面に貼り付けつつ剣を構えるディレイン。


わたくしが殴りたいだけなので問題ありません!」


 普段とは異なり随分と好戦的な台詞と共にティーニュが身体強化による高速移動でディレインへと迫る。


水球ウォーター・ボール!」


 ティーニュの声が響くと同時に水球がディレインの顔面へと打ち出される。それを追撃するかのように振るわれるメイス。


「ふっ……。人形のこの身体に水球ウォーター・ボールの目くらましなど無意味……」


 ゴキッ!!


 とてもイヤな音がした。闘いを見守っていたミナトが思わず視線を外す。


 水塊の衝撃など無意味とばかりにティーニュの水球ウォーター・ボールをその顔面で受けたディレインの首がへし折れ頭部があらぬ方向を向いている……、そこに、


 ドガッ!!


 躊躇なく振るわれたメイスがあらぬ方向を向いているディレインの頭部を殴り飛ばした。あまり見たことのない複雑な回転をしつつ、先ほどティーニュが殴り飛ばした『白銀の鈴風』のB級冒険者が折り重なっているところへと飛んで行くディレイン。


 ミナトはその光景に問いかけずにはいられない。


「ティ、ティーニュさん?さっきの水球ウォーター・ボールって……?」


 そう、あれはミナトがグランヴェスタ共和国を訪れた時にうっかり使ってしまった固い水球ウォーター・ボールと同じ魔法である。


「はい!以前、冒険者ギルドでミオさんとお会いした時に教えて頂きました。なんでも魔王が造り上げた斬新な発想に基づく水球ウォーター・ボールだとか……。昔はこのような魔法があったのですね。普通の水球ウォーター・ボールと組み合わせると非常に有用でわたくしも愛用しております!」


 フードを被っているのでよく分からないがその口調はとても嬉しそうである。


「ソ、ソウデスカ……。それはよかった……、ハハハ……」


 ティーニュとミオがそんなに仲が良かったとは知らなかったミナト。の部分はティーニュの中で二千年前の魔王のことになっているようなので、それ以上は踏み込まないことにして乾いた笑みを返す。


「す、す、すバラしイ!こノワタしがアイテニならないナンテ……」


 顔面が破壊され発音がめちゃくちゃになっている状態のディレインがゆっくりと立ち上がる。ディレインだけではない。残りの『白銀の鈴風』の連中も目や口といった部位が原形を留めていないながらも立ち上がる。


「てぃーニュさン。あ、アナたのジツりょくはみせてイタダきました。ソしてそチらのえふキュウボウけんシャの、チ、チ、チカらもネ……。おうジョはてにハイリまセンデシタが、エルものはありましタ。きょウのトコロはこのアタりでシつレいヲ……」


 そんなことを言っているディレイン達にティーニュがさらなる攻撃をしようとするところに、


「自らの意識から切り離して行動させていた作り物デコイの魔法を解除すれば得た情報を持ち帰ることができる。そんなことを考えているのかな?」


 ティーニュを制する形でミナトがディレイン達に向き直る。そんなミナトをディレインのめちゃくちゃに破壊された頭部が睨みつけるようにこちらを向いた。


「ソコまデシッテいるとは……。イまイマシいうっドヴィルけのイヌ……、マタおアいしまショう」


『ウッドヴィル家の犬とは心外な……。ま、お酒の仕入れでお世話にはなっているけど……』


 不意にそんなことを考えてしまったミナトの視線の先では……、未だに『白銀の鈴風』四人分の作り物デコイがヨタヨタと動いている。


「バかナ!ナゼかイじょできナい!?」


 狼狽えるディレインと三人の作り物デコイ。彼等の首には完璧に隠蔽された漆黒の鎖が巻かれていた。


「そんなことをこのおれが許すとでも思うのかな?悪夢の監獄ナイトメアジェイル絶対霊体化インビジブルレイスの合わせ技さ……。魔法を使えなくさせるってことだったから作り物デコイにも効くと思ってやってみたけど上手くいってよかったよ」


 悪夢の監獄ナイトメアジェイルは拘束した者のスキルを無効化し、魔法を行使できなくさせる効果を持つ、そして絶対霊体化インビジブルレイスの隠蔽は絶対だ。この首輪状になっている漆黒の鎖とその隠蔽はウッドヴィル家が狙われた騒動の際に使用したものであるが、対作り物デコイとして非常に効果的に使えるようだ。


【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイル

 ありとあらゆるものが拘束可能である漆黒の鎖を呼び出します。拘束時の追加効果として【スキル無効】【魔法行使不可】付き。飲んで暴れる高位冒険者もこれがあれば一発確保!


【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイス

 全ての音や生命反応を感知不能にする透明化に加えて霊体レイス化を施せる究極の隠蔽魔法。対象は発動者と発動者に触れておりかつ発動者が指定した存在。発動と解除は任意、ただし魔法攻撃の直撃でも解除される。追加効果として【物理攻撃無効】付き。ま、あると便利でしょ…。


 そしてミナトはさらに好戦的な笑みを浮かべた。ミナトの身体から巨大な魔力が膨れ上がる。ティーニュが放心状態で尻もちをついてしまう。


「知っているかい?作り物デコイって魔法は禁忌なんだよ?」


 かつてシャーロットと話した時……、


作り物デコイの魔法ってのは魂の一部を人形のような器に入れて遠隔操作する魔法なの。自分の意識下で操作する場合もあるし、意識から切り離して自動で行動させることもできるわ。自動の場合は魔法を解除した時にその作り物デコイが見聞きしたものが術者に共有されることになるの」


「へぇー!ラーメン好きなしのびの使う影分身みたいだ…」


「まーたあなたの世界の創作物の知識?あなたの世界にはホントに創造性の豊かな人が多いのね」


「世界的に人気の作品だったんだぞ!忍者ってのが海外に刺さったらしいんだ!」


 そんな他愛のない話であったが唯一シャーロットが真剣に語った内容がある。


「いい?ミナト?作り物デコイの魔法だけは覚えても使っちゃダメよ?ま、あれは光属性の魔法だから闇魔法を使うミナトには使えないとは思うのだけれどね…」


「問題?それとも弱点があるとか…?」


 ミナトに向かってビシッとポーズを決める美人のエルフ。


「そのとおり!!作り物デコイの魔法は器に術者の魂を入れる。もし魔法を解除するか器が破損すると魂は術者に帰る。これが基本原理だけどそれは魔法の初心者の話!高レベルで魔法を使う者は魂への攻撃ができるわ!つまり…」


作り物デコイをその攻撃で壊したら大変なことに…?」


 シャーロットの言葉に冷や汗が流れる。


「そう言うこと!魂への直接攻撃は肉体への強烈なダメージとして顕現される。だから作り物デコイの魔法は禁忌!上級魔法使いの常識よ!」


 思わず頷くミナトであった。


 そしてシャーロットはきちんと攻撃方法も教えてくれた。そしてそれはウッドヴィル家の騒動の際に確認済みである。


「お前たちが作り物デコイに入れた魂はもはやどこにも逃れる術がない……。そしては全てを焼き尽くす。作り物デコイの魂は元の肉体には帰れない。だからお前達はおれ達の情報なんて持ち帰ることなどできないんだ!」


『全てを溶かすっていうピエールの酸弾もアリだとは思うがここは確実な方法を使わせてもらおう』


 そうしてミナトは魔法を放つ。


冥獄炎呪ヘルファイア!」


 漆黒の炎が四体の人形を包み込み、塵一つ残ることなくその存在の全てを燃やし尽くすのであった。。


【闇魔法】冥獄炎呪ヘルファイア

 全てを燃やし尽くす地獄の業火を呼び出します。着火と消火は発動者のみ可。火力の調節は自由自在。ホットカクテル作りやバゲットの温め直しなど多岐にわたって利用できます。素敵なアイリッシュコーヒーがお客様を待っている!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る