第349話 ダンジョン外での時刻が深夜に差し掛かった時

「ピエールは美味いって言っているけど……」


 漆黒の外套マントを纏ったままの姿でミナトは女性近衛騎士から手渡されたスープを運搬役のC級冒険者達と共に味わっている。正確には器を持っている手の袖口を変化せた外套ピエールが吸収してくれている。


『状態異常で眠くなる物質を確認しましタ~。でも味は美味しいです』


 別に食べなくてもよかったのだがまだ黒鉄騎士団とA級冒険者パーティである『白銀の鈴風』が戻ってくる前に女性近衛騎士による料理の準備が整ってしまい、第一王女であるマリアンヌからの


「ミナト様も召し上がられますか?」


 の言葉に逆らうことをしなかったのである。そんなミナトの様子に訝し気な視線を送るのはA級冒険者のティーニュとB級冒険者パーティ『鉄の意志アイアン・ウィル』だ。彼等は自分達で用意した食料があるからということで食事の提供を固辞していた。これが上級冒険者の正しい対応である。


 ちなみにもう一つのB級冒険者パーティである『黒鳥こくちょう』のメンバーは提供されたスープもパンも食べていた。ピエールの分裂体からの情報だと事前に効果を中和する解毒剤を飲んでいるらしく、自分達が食べることで安全性をアピールしたらしい。


 程なくして黒鉄騎士団と白銀の鈴風が帰還した。これまでの態度であれば先に食事をとっていた冒険達に嫌味の一つでも言うのかとミナトは思っていたのだが、運搬役の冒険者達と何故か第一王女と面識のあるミナトがスープを飲んでいたことに満足したのか何も言わなかった。黒鳥こくちょうのメンバーがコソコソと黒鉄騎士団の団長にそう報告していたことはピエールの分裂体によって筒抜けである。


 そうして第一王女、第二王女は就寝となる。


 二人が寝るのは魔物の奇襲に備えて方角で言うと北側の壁際に建てられたテントの中。少なくとも壁側からの攻撃は無いということになる。まあ、その壁にもピエールの分裂体がびっちりとうすーく張り付いているのだが……。


 そのテントの外には女性近衛騎士二名が立つ。さらに冒険者の中で唯一の女性であるティーニュがそこに加わる。そしてその周囲を取り囲むように入り口方面の西側には黒鉄騎士団と『黒鳥こくちょう』。南側に『白銀の鈴風』。奥の祭壇へとつながる東側に『鉄の意志アイアン・ウィル』とミナトと運搬役のC級冒険者達。そういったメンバーで北側の壁を背に半円形の布陣を組んだ。


 運搬役のC級冒険者達は今回は護衛任務ではないので休むことになる。ミナトは『鉄の意志アイアン・ウィル』と交代制で警戒に当たることになるが、ミナトの担当は早朝のため先に休むことになった。


 夜とはいってもここはダンジョン内……、明るくはないが暗くもない。護衛の者達も魔物が出現しないのであれば特に口を開くでもなく黙ってこの警戒を続けている。ただ時間だけが過ぎて行くような空間がそこにはあった。


 ダンジョン外での時刻が深夜に差し掛かった時、いきなり黒鉄騎士団全員が立ち上がり次々と抜剣した。同じく『黒鳥こくちょう』と『白銀の鈴風』のメンバーも武器を構える。


「お、お前等!!何をする気だ!?」


 ちょうど警戒に当たっていた『鉄の意志アイアン・ウィル』のリーダーであるウィルがそう叫ぶ。休んでいた『鉄の意志アイアン・ウィル』の他のメンバーも飛び起きるが目の前の状況がうまく飲み込めずに固まってしまう。黒鉄騎士団に所属している騎士達の剣がこちらに向けられているのだ。


「……どういうことですか?」


 メイスを構えながらフードを目深に被ったティーニュが問いかける。


「悪いが二人の王女をこちらに頂きたい」


 そう言ってきたのは黒鉄騎士団の団長。


「王女様を頼みます!」


 ティーニュが背後にいる筈の女性近衛騎士へと声をかけるが、


「申し訳ございません……」


 耳に届いたそんな台詞に慌てて振り返ると、二人の近衛騎士が第一王女と第二王女を担いでいる様子が飛び込んできた。スープに仕込まれた睡眠薬の影響なのか二人ともぐったりとして意識を失っている。ティーニュは近衛騎士を打ち倒すか迷うが騎士団に背中を向けることはできそうもない。


「近衛騎士まで懐柔してルガリア王国への反逆ですか?」


 未だ冷静さを保ったままフードの下から黒鉄騎士団長を睨みつけつつティーニュがさらに問いかける。


「それは違う。第二王女様には我が主の領地で暮らして頂くのだ。将来、あの街が王都と呼ばれるためにな!そしてお前の相手はあいつらだ!」


 団長が顎を使って指し示す先には、


「ティーニュさん!やっと貴方が僕のものになる……。そして第一王女までも……。おお!神よ!」


 気持ちの悪い台詞を吐くのは『白銀の鈴風』のリーダーであるディレイン。他の三人も彼の背後で臨戦態勢だ。


「このわたくしに勝てますか?」


 ティーニュも戦闘態勢に入った。


「さてと……、王都の冒険者ども!俺達が優しく相手をしてやるからありがたく思え!あ、逃げようなんて思うなよ?そっちは最深部で行き止まりだ!」


 団長の言葉に騎士団が剣を構える。『鉄の意志アイアン・ウィル』のリーダーであるウィルが唇を噛み締めた。他のメンバーも顔を真っ青にして震えている。


「そうそう!ティーニュさんも鉄の意志アイアン・ウィルの皆さんもあのスープを飲まなかったんですね?せっかく事前に解毒剤まで用意して黒鳥こくちょうの方々に協力して頂いたのに……。そんな貴方達のためにこれを用意したんですよ?」


『白銀の鈴風』のリーダーであるディレインがそういった瞬間、ティーニュがその場に膝を着き、『鉄の意志アイアン・ウィル』の全員がその場に倒れ込んだ。倒れた者達は全員意識を失ったらしい。


「おお!これを使っても意識を失わないとは……。さすがA級冒険者のティーニュさんです。でも動けないでしょ?あはは……、私が手を貸してあげましょう!優しく……、優しくね……」


 ニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべながらディレインがティーニュとの距離を詰める。


「くっ!」


 ティーニュは必死になって立ち上がろうとするが、何らかの魔道具の影響なのか体が言うことを聞かない。


「ディレイン!手筈通りに!」

「分かってますよ……」


 黒鉄騎士団の団長とディレインがそう視線と言葉を交わした直後、


「悪いがそんなことは認められない……」


 ダンジョン内にそんな台詞が響き渡る。そしてどこからともなく現れた漆黒の鎖が女性近衛騎士を殴りつけ第一王女と第二王女を奪い取った。漆黒の鎖はまるで生き物のような有機的な動きをしながら二人の王女を『鉄の意志アイアン・ウィル』が倒れている辺りへと素早く運ぶ。そこに佇んでいる一人の冒険者の下へ。


『やっと悪党がそろった……。ちょっとギリギリのタイミングだったかもね』


 そんなことを心の中で思いつつ。


「お前達……、ここから無事に帰れるなんて思うなよ?」


 そこには黒い笑みを浮かべるミナトが静かに佇んでいた。

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