第336話 お酒を楽しみつつ打ち合わせ

 ミナトはピエールを伴って訪れた冒険者ギルドでお世話になっている受付嬢のカレンさんから聞いた話をシャーロットたちに伝える。


「なるほど……、あの二つの公爵家が連名で書状を出すってことはその護衛にどうしても私たちに参加してもらいたいってことなのかしら?」


 琥珀色の液体が入ったロックグラスを傾けつつそう言ってくるのは絶世の傾城のと称されるほどの美女エルフであるシャーロット。ミナトがシャーロットのためにドワーフのガラス工芸家であるアルカンへと注文したそのロックグラスは店で使う普通のグラスより少しだけ小ぶりな薄玻璃のロックグラスでシャーロットの白くて美しい手にとてもよく似合っている。飲んでいるお酒はアースドラゴンの里産である燻り酒ことスコッチのというなかなかに硬派な飲み方だ。


 常温のウイスキーを同量の水で割って飲むことをトワイスアップという。トワイスアップをダブルということは通常の二倍のウイスキーを使用するということだ。ミナトのBarではウイスキーのワンショットは四十五mLであり、ダブルということは九〇mL使用するということになる。ちなみにBarで使われる水は何らかの天然水であることが多いがグランヴェスタ共和国への旅を終えた現在、ミナトのBarで使用されている水は全てアースドラゴンの里で湧いている聖水が使用されていた。


「うむ。二大公爵家の一つであるウッドヴィル家にはクレーム・ド・カシスにオレンジ・ビターズ、さらにオレンジリキュールの仕入れで世話になっている。何か困っていることがあるのなら助力を惜しむものではないな」


 デボラがそう言ってくる。今は近くのマルシェで買ってきたミモレットによく似たオレンジ色のチーズを齧りつつグラスに注がれたブルードラゴン産のワインを楽しんでいる。


「ん。たぶん魔眼を治療した子が第一王女のハズ。できることならボクも手伝いたい……」


 そう返してくるのはミオ。彼女はミナトに教えて貰ったライムと塩とテキーラを飲む方法を試している。飲んでいるテキーラは冷凍庫でよく冷やしたブランコだ。断っておくがミナトは塩を親指と人差し指の間に乗せることを推奨しているわけではない。単にライムを齧って、ちょっぴりの塩を舐めショットグラスのテキーラを煽るのもまた楽しい飲み方ということで勧めてみただけだ。ショットガンのような飲み方はカウンターを傷つける可能性があるのでミナトのBarでは禁止である。


「マスターのお力が必要なほどの事態なのでしょうか?」


 おっとりとした口調でそう言うのはナタリア。彼女の手にあるのは大きめのタンブラー、氷の入ったそこに透明の液体とカットされたライム。ジン・トニックである。グランヴェスタ共和国にある彼女の故郷である『地のダンジョン』周辺で造られているトニック・ウォーターを使ったこのカクテルに彼女は愛着があるらしい。今日はライムありのオーソドックスなレシピだが、日によってはライムピールをドロップしたものなどのバリエーションを楽しんでいる。


「マスターのお力が必要なほどの厄介ごとが護衛する王家の者に厄介なことが起こっているのではと推測してしまいますが、それにしては依頼を受託する可否に関しての判断をこちらに任せるというのが不思議です……」


 慎重にそう言葉を重ねるオリヴィアの手にはラスティ・ネイルで満たされたロックグラスがある。オリヴィアはサンクタス・アピス聖なるミツバチが貯える酒として入手したドランブイとウイスキーを使ったこのカクテルがお気に入りだ。オリヴィアは結構甘党なのかもしれないと思っているミナト。アマレット・ディ・サローノが手に入っていないためゴッド・ファーザーを造れないことが本当に悔やまれる。アマレット・ディ・サローノが手に入った暁にはゴッド・ファーザーを是非オリヴィアには飲んでもらいたいミナトであった。


 ふよふよ。


『とっても美味しいでス~』


 こちらは二杯目としてマティーニを飲んでいるピエール。『ヒトの姿になりましょうカ?』と聞かれたがスライムの姿でカウンターにいて貰っている。人の姿をしたピエールはどう年上に見積もっても十二歳より幼い美少女の容姿をしているのだ。そんな美少女がギブソンやマティーニを美味しそうに飲む姿……、どう考えてもなにか問題がありそうだと考えるミナトであった。


「でもミナト!私たちはま……、い……、い、家!家よ!?家を建てる手伝いがあるからこの時期に冒険者としての活動は難しいわよ?どうする?」


 シャーロットの言葉に、


『いま家の前になにか別の単語を言おうとしなかったかな……?』


 心の中でそんなことを呟いてみるが、デボラ、ミオ、ナタリア、オリヴィアが、


『あなたは何も知らなくていい!』


 といった視線で見つめてくるので黙ることにする。そのため、


「今回はおれとピエールで行ってくるよ。ピエールとナタリアたちが造ってくれたこの魔道具があればおれの防御も大丈夫だし、護衛任務ならおれの【闇魔法】で何とかなると思う」


 そう宣言するミナト。


「そうね……。ミナトの専門は暗殺と殲滅だけどピエールちゃんがいれば問題ないわ!」

「うむ。最悪の場合、ピエールが護衛対象を包んでしまえばよい。その場合、この世界で護衛対象へと攻撃できる手段はシャーロット様の世界の理をも破壊する殲滅魔法くらいしかないからな!」

「ん。マスターは結界を張れない。マスターの【闇魔法】は便利だから護衛にも使える。だけど護るということを突き詰めると結界ほど護り特化してはいない!」

「そうですね~。ピエールさんがいれば結界を使えない点は問題ないかと思います~」

「ピエールさんがいるなら安心です」


 ミナトへの護衛の信頼性に問題があるのか、どうもミナトだけでは心許ないと思われているらしい。そして護るということに関してのピエールへの信頼がとても厚い。さらにミオによるミナトの【闇魔法】への評価が的確過ぎる。


 色々と言われて目を白黒させるミナトだがどうやら今回の依頼はミナトとピエールで対応するということは納得してくれたらしい。すると少し黒い笑みを浮かべたシャーロットが、


「堂々と新しい愛人だけを連れて護衛任務というデートに行くのは第一夫人としてはどうかと思うのよね……」


 その言葉を皮切りにニヤニヤとした笑みを浮かべる全員からの口撃を受け、遠い目をしてBarの天井を見上げることしかできないミナトであった。

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