第332話 ミナトはギルドでお約束に遭遇する

 冒険者ギルドに到着したミナトはそのドアを開く。既に日は高く依頼が張ってある掲示板に群がる冒険者はまばらだ。


『さてと……、掲示板で何か依頼でも探そうか……。それとも常設依頼を確認して大森林に狩りに行くのも悪くない……』


 ふよふよ。


 そんなことを思っているミナトの肩の上で野球ボールくらいの青い球体……、普通のスライムに擬態したピエールが揺れている。ピエールにとって外套マントや上着に擬態することは容易なことだ。だがピエールに聞くと現在の普通なスライムへの擬態の方が簡単だというのでこのような状態になっている。一見するとスライムを連れたF級冒険者の若手テイマーである。


 シャーロットから聞いた話によるとこの世界にもテイマーという職業は存在しており、魔物を従えるちょっと珍しいスキルとされているがそれを駆使して活動する冒険者は一定数いるらしい。強力な魔物になると冒険者ギルドに登録することが必要になるらしいが、スライム程度なら登録の必要がないとのことでミナトは何もしていない。本当は超危険な魔物であるエンシェントスライムがミナトの眷属魔法である眷属強化マックスオーバードライブで進化したスライムなのだが……。


 そんなピエールを肩に乗せつつ、ミナトは掲示板の方へと足を向ける。すると、


「ぷぷ……、あいつ駆け出しか?スライムを肩に乗せてるぜ?」

「よわっちい従魔を連れて一人前のテイマー気取ってんのか?おい!兄ちゃん!!」


 お約束のような若い二人組の冒険者が登場した。ここ最近はこんなこともなかったので新鮮な気分になってしまうミナト。王都の冒険者ギルドでは見ない顔である。しかしミナトは二人組を無視して掲示板の方へと歩みを進める。ちなみにミナトは別に好きで無視をしているわけではない。


『マスター、溶かしちゃってイイ~?』

『待って!ピエール!ダメ!この前も言ったけどここで酸弾はダメだからね!こんなところであの二人に酸弾を撃ったらギルドがパニックになっちゃう……』


 スライムの形態でも少女の姿でもとても可愛らしいピエールなのだがミナトに敵意を向ける存在には意外と好戦的だ。念話でそんなピエールを宥めるのに必死なだけであったが、若い二人組の冒険者はそうは受け取らなかったらしい。


「おい!兄ちゃん!俺達を無視するとはいい度胸じゃねえか!!」


 ピエールからその命を守ってもらっていることに気付いていない二人組の片割れが声を荒げるが……、


「ぷべほっ!」


 受付から血相を変えて戻ってきた三十台に見える一人の冒険者がその若者を殴り飛ばした。若者を殴り飛ばした冒険者はミナトもよく見かける王都で活動するベテラン冒険者パーティの一人である。


「せ、先輩!何を……、ごふっ!!」


 もう一人の若者の腹にも強烈なボディブローが突き刺さる。顔面と腹を抑えて悶絶する二人の若者。


「すまなかった!」


 そう言って頭が地面につきそうなくらいに下げて謝罪するベテラン冒険者。


「こいつらは俺達と同じ街出身の後輩なんだが最近になって王都に出てきたんだ。あいつらにはよくよく言っておく!どうか許してやってほしい殺さないでやってほしい!」


 その顔色は真っ青で全身は恐怖からか震えている。


「特に何もされていないからおれ達は大丈夫ですよ?それより駆け出しの冒険者たちに優しくするように教えてやってください」


 にこやかな笑顔でそう返すミナト。


「わ、わかった!こ、こ、こ、この命に代えても必ずこいつらに教え込む!」


 ミナトが不思議に思うほど狼狽えながらそう答えたベテラン冒険者。


『真なる魔王様はさすがですネ~』


 ピエールはミナトに聞こえないようにそんなことを思っている。にこやかなミナトから微量ではあるが有無を言わせない迫力のある魔力が滲み出ていたことはミナト自身も気付いていなかった。


 この後、この若い二人の冒険者はギルドの練武場へと連行され居合わせた冒険者達からミナトとその仲間たちの恐ろしさを骨の髄まで教え込まれることになる。


 シャーロット、デボラ、ミオの三人がミナト無しで冒険者ギルドを訪れ、ちょっかいを出してきた冒険者をとんでもない目にあわせたことがきっかけになったのか、現在、王都の冒険者ギルドで他の冒険者に絡むような冒険者はほぼ存在しない。


 なんなら『冒険者は家族!助け合いと愛情こそが明日への道を切り開く』なんてことを唱えながら初心者や若手を手助けする冒険者をちらほらと見かけてしまうほどだ。


 この二人も彼等の思想を刷り込まされることだろう。


 ささいなトラブルはあったが無事にミナトは掲示板の前へと辿り着いた。


「さて……、何か依頼はないかな……?」


 ふよふよ。


 肩に乗せたピエールを撫でつつそう呟いて、掲示板に目を向けるが、


「ミナトさん」


 聞き覚えのある声で背後から呼びかけられた。声の主を察して振り向くミナト。


「おれ達に何か用ですか?」


「はい。お願いしたいことがございます」


 そこには王都の冒険者ギルドでミナトたちも世話になっている美人受付嬢のカレンさんが立っていた。

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