第276話 ここはミオの番

「それで姉ちゃん?その魔道具はどうするのかな?」


 全く余裕を失っていないリーダー格の男がそう言ってくる。


「これには信号弾を打ち出す機能がついています。これが打ち上がれば直ちに第四層に散っているギルドの暗部がここに集まります。暗部はあなた達を五体満足なままダンジョンからは出しません。大人しく降参すれば五体満足で地上に戻れます!」


 そんなエレナの言葉を聞いてなお、『大穴のカラス』の三人も周囲を取り囲む冒険者も余裕の態度を崩さない。


『ほう。冒険者ギルドの査察官に暗部ときたか……、そういった役割の者もいるのだな……』

『ん?クランの悪い噂を調べに来た?』

『うむ。だがあの魔道具……、大丈夫なのか?』

『ん。人族はの影響を覚えていない……?』


 エレナの好きにさせているデボラとミオは傍から見れば落ち着き払った態度のままだ。だが二人はエレナの魔道具が気になるのか念話でこそこそと話をしている。


「暗部かー、そいつは怖いねー。既に俺達を遠巻きに包囲しているってところか?」


 揶揄からかうようにリーダー格の冒険者が言ってくる。リーダー格の冒険者、背後に控える二人の戦闘役、そしてデボラ、ミオ、エレナを取り囲む男達、その全員に危機感が見られない。


「ギルドの暗部とやり合うのは勘弁だが暗部は特殊な役割のためその行動は契約魔法で厳重に管理されているんじゃなかったかな?今回の場合はその魔道具からの信号弾がトリガーってやつだろう?それが打ち上がらない限り目の前でお前さんが八つ裂きにされても暗部の連中は行動を起こすことがない。そうじゃなかったかな?」


 リーダー格の男にそう言われてまた僅かにエレナの表情が曇る。


「ギルドの極秘事項を何故?って顔をしているな?ここをどこだと思っている?古都グレートピットだぞ?この街は俺達『大穴のカラス』の街だ!協力してくれる奴はどこにでもいるのさ!まあいい!姉ちゃんの好きにやってみなよ?早く信号弾を打ち上げないと怖いお兄さんたちが迫ってきちゃうぞ?」


 バカにしたような表情と共にそう言われたエレナは躊躇なく信号弾のスイッチを押すが……、残念ながら何も起こらない。


「どうして?魔道具が機能しない……?」


 呆然と呟くエレナ。


「あーっはっはっは!悪い悪い。この周囲一帯ではミスリル鉱脈の影響で魔力が乱れることから魔道具が使えないんだよ!これは俺達『大穴のカラス』が秘匿している情報でね。こういう時、実に役に立つ。これを見つけてくれたうち魔導士には感謝してもしきれないぜ!さあて!もう思い残すことはないかな?元B級冒険者といってもB級冒険者を含めたこれだけの連中を相手に戦えるかな?」


 へらへらと笑うリーダー格の男。そしてゆっくりと包囲網が狭まる。その状況を確認してエレナがデボラとミオに向き直った。


「申し訳ありません。あなた達二人と私であれば連中も尻尾を出すと考え、私と共に囮にさせて頂いたのですが、想像以上に相手の数が多そうです。ですがお二人は私が命に代えても……」


 そう言って杖を構える。その顔には悲壮な決意が表れていた。


「うむ。エレナとやら!我らと交代だ!」


 そう言ってデボラがエレナの肩を掴み強引に後ろへと下がらせる。何やら言いたそうに口を開きかけたエレナだがデボラが向けた鋭い視線と若干の魔力に驚いて口をつぐんだ。


「エレナよ。そなたの決意は理解したがそこまで悲壮感を持つ必要はない……。ミオ?戦うやるのか?」


「ん!ここはボクの番!」


 被ったいたフードを上げたミオがとてとてと前へと進み出る。『大穴のカラス』直属の三人はミオの容姿を先ほど見ていたので軽く目を見開く程度だが、初めてその美しい容姿を目の当りにした取り囲んでいるC級、D級の冒険者達から下品な歓声が上がる。ミオは距離を詰めようとする男達を制するかのように手を前に差し出した。


「ん……、それ以上近づくと……、死ぬ?」


 可愛らしく首を傾げるその様子に周囲のならず者達からさらなる下品な笑い声が聞こえてくる。冒険者達はその可憐な容姿からミオに油断をし、そしてミオを誤解していた。今の容姿こそ可愛らしい一人の美少女であるが、真の姿は世界の属性を司るドラゴンの一角、水皇竜カイザーブルードラゴンなのだ。ちなみにミオは既に魔法を展開している。


「もうたまらんぜ!!お嬢ちゃん!俺様が大人の味ってやつを……」


 そんな間抜けな台詞と共に不用意にミオとの距離を詰めようとした愚か者が一人……。


 パキィイイイイーーーーーーーーーーーーン……。


 極めて澄んだ美しいとも表現できそうな高音が第四層の一角に響き渡る。それと同時に一人のC級冒険者に瓜二つの氷像がその場に造り上げられた。


 魔法を展開したミオと『せっかくミオが忠告したのに……』と首を振っているデボラ以外の全員が絶句してそ……、出来上がった氷像と同じく……、まさにその場で凍りつくのであった。

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