第275話 案内される先で待つ者ども

「姉ちゃんたち!こっちだ。この先に鉱床とは言えないまでも少量だがミスリルが採れる場所がある。これは俺達『大穴のカラス』のお墨付きだから期待していいぜ!」

「ああ。とっておきってやつだ!」

「姉ちゃんたちは運がいいや」


 エレナと名乗った冒険者の同行を許したデボラとミオには三人のB級冒険者が案内人兼戦闘のサポートとして帯同することになった。戦闘役の三人は『大穴のカラス』の所属らしい。名前は……、デボラとミオに覚える気がなかったため不明である。


「よ、宜しくお願いし……、ます……」


 そんなB級冒険者相手に殊勝な態度で頭を下げるのはまさかのデボラ。後ろでフードを目深に被ったミオが笑いを堪えて小さく震えている。


「そんなに緊張するなって!すぐそこだからよ!」


 ニヤニヤとしつつそんな言葉を吐きながらもデボラの容姿に釘付けの男達。デボラの足元から頭の上までを舐めるように見終わってから満足そうに移動を開始する。


 ミオとのコイン対決に敗れ三人を代表するような役割を任されたのが運の付き。デボラにとってミナト以外の人族は単なる有象無象の存在でしかない。そんな連中に普段は絶対に見せない態度での対応を要求され、挙句の果てに下品な視線に曝されるのは、ミナトのお願いだからこそ仕方がないとはいえ不愉快極まりなかった。


『ふぅ。このような不快な思いはもうしたくない。次があればそなたに任せるぞ!』

『ん?この前もそうだったけどデボラにはそんな態度も似合っている。デボラが適任!』

『なに!?我がいつ人族ごときにこんな殊勝な態度で臨んだというのだ!?いつ!?』

『ん?ベッドの上でマスターと一緒の時?』


 こてんと首を傾げながら念話を飛ばしてくるミオ。一気に耳まで赤くなるデボラ。それ以外は態度に出さず声も上げないのは流石であるが、


『な、な、な、何を言っている!マ、マ、マ、マスターは特別だろうが!!』


『ん。そんなデボラも可愛い!』


『貴様!ベッドの上の自分の行動を棚に上げ言うに事欠いて……』

『ん?それを言ってしまうと互いに互いを滅ぼすしか……』


 二人ともが前を向いて静かに歩き続けながらの念話での言い争いはしばらく続く。そんな二人の念話が聞こえるはずもないエレナは神妙な面持ちでこちらも黙って歩みを進めていた。


 そうして案内された先はというと……、


「うむ。確かにこれにはミスリルが混ざっているな……」


「ん。他の石に混ざっているけど第四層にあるとは意外。採れるのは第五層からだと思っていた」


 今度は口に出して言葉を交わすデボラとミオ。二人の目の前にはうっすらと魔力を纏ってはいるが鉱脈とはとても呼べない岩山の一角がある。ここ一体の岩石にうっすらとだがミスリルが混ざっているようだ。


 こういった岩石からミスリルの粉末を取り出す技術が錬金術にあり、ミスリルの粉末は魔道具開発に欠かせない触媒の一つとして重宝する。そのためここの岩石を砕いて持ち帰ればそこそこの金額になるのだ。少なくとも第二層、第三層の魔物から採れる低品質の鉱石や極小の魔石よりは遥かに稼ぐことができる。


『さてと……、折角だから少量でも採取を……、と思っていたのだが……』

『ん。ちょっとだけやってみたかった……』


 デボラとミオはそんな念話を飛ばし合いアイコンタクトで行動に移そうとしたのだが……、


「これは一体どういうことですか!?」


 先ほどまで黙っていたエレナが背後にいた戦闘役の冒険者達へと向き直り、大音量でそう声を上げた。全く予期していなかったエレナの行動にデボラとミオが目を白黒させる。


「姉ちゃん?」

「そうだぜ、何を言っている?」

「何のことだ?」


 三人が三人ともヘラヘラと笑いながそう返してくる。


「私達を取り囲んでいるのは何者だと聞いているのです!!」


『ほう?』

『ん?』


 エレナの言葉に感心して念話を上げるデボラとミオ。二人は既に周囲が何者かに囲まれていることは把握していたがエレナが気付くとは思っていなかった。


「姉ちゃん。いい勘しているじぇねえか?」

「ふふふ……」

「ひひひ……」


 そう言って右手を上げる冒険者。すると周囲の物陰から二十を超える冒険者達が姿を現した。全員が汚らしい笑みと共に欲望の込められた視線を三人へと送ってくる。想定外の数だったのかエレナの表情が僅かに曇る。


「こいつらは俺達の下部組織に所属しているC級とD級の連中さ。折角のレイドだからな。俺達だけ楽しむのも悪いってことで声をかけたのさ!」


 リーダー格の男がさも当然のことだと言わんばかりに堂々と言ってくる。


「私たちを脱落させたのはそのためなのですね?」


 三人の顔にさらに下品な笑みが浮かんだ。


「ああ。なんでかは分からないが最初の休息じゃ誰も脱落しなかったからな!俺達はもう我慢の限界ってやつなんだよ!それにしても俺達は運がいい!こんな上玉を相手にできるんだからな!!」

「安心して大人しくしな!目を瞑っていたらすぐ終わるからよ!!後の連中も優しくしてくれるぜ?」

「ひひひ……、こいつは楽しみだ……。分かっていると思うが俺達はお前たちより強い。抵抗しても無駄だぜ?」


 周囲を取り囲まれたデボラ、ミオ、エレナの三人は傍から見ればまさに絶体絶命……、のように見える状況でエレナが前へと進み出る。


「やっと尻尾を出しましたね!私は冒険者ギルドの査察官、元B級冒険者のエレナ=クオーツです!あなた方クランメンバーによる言動の全てはここに記録されました!もはや抵抗は無駄です!」


 記録用であるらしい魔道具を掲げたエレナがそう高らかに宣言するのであった。

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