第277話 証人は必要だけど……

『地のダンジョン』の第四階層で一人のC級冒険者が一瞬の内に氷像へとその姿を変えた。ぞの光景を目の当たりにした冒険者達が驚愕し絶句している。デボラの背後に立っていたエレナもまた同様だ。


『ミオよ。我も見たことがない魔法のようだが?』


 デボラが念話でミオに問いかける。


『ん。創った。氷の壁アイス・ウォールの応用。効果範囲に侵入したものを氷漬け。名付けるなら氷像の罠アイス・カーヴ・スネア?』


『ほう……。確かにスネアというだけありウォールの魔法のような魔力を感じない……。随分と器用で凄まじい魔法を創ったのだな……』


 少し得意気なミオと感心するデボラ。傍からは微笑ましく視線を合わせているようにしか思えない。そんな二人の様子が我慢ならなかったのかデボラたちを取り囲んでいた別の一人が詰め寄ろうとして、


「てめぇ!一体何をやりやがっ……」


 パキィイイイイーーーーーーーーーーーーン……。


 本日二度目の極めて澄んだ高音が第四層の一角に響き渡り、氷像がもう一体追加された。


「ん?さっきボクは言った……。近づけば死ぬ」


 何が疑問なのか分からないといった風にミオが言う。


「そしてこうしたらボクやシャーロット様でも蘇生は絶対に不可能……、水球ウォーター・ボール


 ミオの指先から小さな水の球が二つ放たれる。二つの水球は見事な速度で二体の氷像を撃ち抜いた。その衝撃で二体の氷像が粉々に砕け散る。デボラたちを取り囲むC級、D級の冒険者達の表情にはっきりと恐怖の色が浮かんだ。


「お、おい……、こいつ……、ヤバいんじゃないか……?」

「誰だよ……、楽しむだけだって言った奴は……」

「こんな奴を相手にするなんて聞いてない!」

「ヤバいぞ……、ヤバいヤバいヤバいヤバい……」

「どうすんだよ!この状況を!」


 恐怖で顔色を真っ青にした冒険者達が口々に言い募る。そんな中、一人が脱兎のごとく逃走を試みた……、だが、


「ん。逃げていいとは言ってない……」


 パキィイイイイーーーーーーーーーーーーン……。


 本日三度目の極めて澄んだ高音が第四層の一角に響き渡り、氷像がもう一体追加される。全力で走っていた冒険者の氷像はそのまま地面へと倒れ込み粉々に砕け散った。


 その光景を前に周囲を取り囲んでいる冒険者達の顔色は真っ青を通り越して土色へと変色する。


 ダラダラと冷や汗を流しながらその立ち竦み一歩も動けない者、その場にへたり込みブルブルと震えつつ足元に水溜まりを作る者、死への恐怖の余り意識を失い倒れる者、周囲を取り囲んでいたC級やD級の冒険者達からは完全に戦意も気力も失われていた。


「ん。そう。お前たちは動けない。デボラ?」


「どうした?」


「相手が弱すぎて……、これからどうしよう?」


「この連中ではこの程度であろう。これで十分だと我は思うぞ。エレナといったか?」


 ミオにそう言ってデボラはエレナへとその視線を向ける。


「は、はい!何でしょう?」


 我に返ったように慌てて答えるエレナ。


「うむ。お主は冒険者ギルドの査察官といったな?この者達を調べていたのであろう?冒険者の行動……、特にダンジョン内は完全なる自己責任と聞いたが、ここで全員を殺すのはマズいのか?」


「そ、そうですね……。証人としての価値がありますので全員を殺すのはできれば止めて頂けると助かります」


 ミオの底知れない実力を目の当りにしてかエレナもダラダラと冷や汗を流しながらも懸命にそう話す。


「うむ……。であれば……」


 デボラがそう言おうとしたとき、三つの火球ファイア・ボールがデボラ、ミオ、エレナに着弾し爆散した。


「こんなところで捕まってたまるかよ!動けないならここからっちまえばいいだけの話だろうが!!」

「不意打ちってやつだ!B級冒険者の火球ファイア・ボールだぞ。これで無事でいられるわけがない!」

「ひひひ……、死体になってから十分に楽しませてもらう……」


 そう声を上げるのは案内役を買っていたクラン『大穴のカラス』の三人だ。どうやら三人には魔法の素養があったらしい。


「うむ。魔法が使えるのは分かっていたがこの程度ではな……」


「ん。やっぱり雑魚。でも氷像の罠アイス・カーヴ・スネアは生命が入ってこないと反応しない……。改良の余地アリ……」


「えっ?えっ?無事?わ、わたし無事なのですか?」


 デボラとミオの落ち着き払った声と狼狽えるエレナの声が普通に聞こえてきた。事前にミオが張っていた結界による障壁はB級冒険者が放つ程度の火球ファイア・ボールでどうにかできるものではない。


「ミオ。我らに攻撃してきたあの三人だが……、証人が必要だとは言っても真ん中の者以外は不要だろう?」


「ん。分かった……」


 三人の表情に絶望の色が浮かぶよりも早くミオは魔法を発動するのであった。

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